2013年11月24日日曜日

写真をフィルムで撮影した場合の現像と同時プリントについて

今やカメラはデジタルの時代となり、フィルムカメラを使う人は少数派になってしまった。
この変化は非常に早いスピードだったので、フィルムメーカーがついて行けないほどだった。
今では国内メーカーでフィルムを作っているところは無いから、
メーカーの在庫が無くなれば輸入品しか無くなる。
そんな状況だから、町の写真屋もフィルム現像機を自店で維持するのを止めたところばかりになってしまった。
以前は町の写真屋で安く現像して貰えたのに、
今だと店から外部のラボに出しているから、24枚撮り1本現像+各1枚プリントで2,000円くらいはかかると思う。
これは以前の倍ほどの値段だ。

私は一眼レフはフィルムカメラしか持っていない。
ブログに使う程度なら携帯のカメラでもいいけれど、キレイに撮りたい写真はやっぱり一眼レフで・・・と思う。
でも、現像代がこんなに高くてはやってられない。
と思っていいラボは無いかなあといろいろ調べたところ、
インターネットで注文、郵送でフィルムのやり取りができる写真屋を見つけた。
いくつか店があるけれど、
私は岩手県にあるプリネット・ワンという写真屋を選んだ。

ここに注文するにはまず店のホームページを探し、
そこで何を注文するのかを入力する。
会員登録した方がやや安い値段になる(登録は無料)。
注文の際に代金支払い方法も入力しなければならないから予め決めておく。
HPの注文メニューを見て驚いたが、写真の現像や焼き増しだけでなく、
ネガをスキャンしてデジタルデータにもしてくれる(.jpgデータに変換したものをCD-Rに焼いてくれる)。
これはいいと思って早速注文してみた。
混み合っているので時間がかかるという返信メールがあったが、
1週間くらいで現像したフィルムとプリントした写真、データが入ったCD-Rが届く。
プリントした写真を見たら、結構いい感じにプリントされていた。
用紙はちゃんとした印画紙を使っているし。
これなら今後はずっとここへ依頼すればいいな。
フィルムカメラがいつまで使えるかわからないけれど、
今でもデジカメの画像よりフィルムカメラの画像の方がキレイだと思うから、
できる限りフィルムカメラを使って行きたい。
ところで、今回ずっと家で保管していたかなり古い白黒フィルムも使ったので現像に出した。
KodakのTRI-X PAN(400TX PAN)。
トライエックスはかつては世界的に著名だったモノクロフィルム。
今ではプロフェショナル用としてのみ販売しているとされる(実際はカメラ量販店などで誰でも購入可能らしい)。
かなり昔に、一度使ってみたいなあと思って購入したものの、何に使おうか決めていなかったためにタイミングを逃したまま家に保管していた。
いつまでも置いておくフィルムがダメになってしまうためようやく使うことにしたというもの。
ただ、撮影したものを現像してみたが、やっぱりあまりキレイには写らなかった。
もっと早く使っていれば・・・もったいないことをしたな。

2013年11月17日日曜日

私が行っている床屋が移転

もう数か月前のことだが、私が行っている床屋が移転した。
随分と前から移転するつもりだという話を聞いていたが、
業者や大家さんといろいろ打合せをしていたらこの時期になってしまったとのことだ。
第一印象は、前の店よりかなり狭くなったということ。
が、内装はかなり凝っている。
全体にシックというかレトロな感じ。
電話もベル音のに変えてたし。

私はこの床屋へ通うようになってから20年以上の常連だ。
この店は、実は移転前に1度改装している(10年くらい前)。
最初は普通の床屋さんという内装だったものをちょっとおしゃれな美容院風の内装に変えたのだ。
それは若い客を増やそうとして行ったものだそうだが、
思ったより若い客(高校生~大学生とか)が増えなかったようだ。
そして時代は流れ、床屋のオーナーも徐々に歳を取り、
常連も歳を取った。
かつては使用人が2~3人いたが、最近は1人でやっているから今の店では広すぎる。
若い子向けの店より、自分も常連も落ち着けるこじんまりとした店にしたいという思いが強くなってきて移転を決めたそうだ。

聞くところによると、最近の若い子は髪を切る=美容院だそうだ(男でも)。
床屋=おじさんが行くところというイメージらしい。
七三分けとかパンチパーマとかオールバックとか、そういう髪型をする人が行く店が床屋(理容店)と思っている人が多いようだ。
それは私にとっては意外だった。
私が若い頃でもおしゃれな奴は床屋ではなく美容院へ行っていたが、
私はずっと床屋だったし、仲間も床屋へ行っている奴が大部分だったし。
何より、どんな髪型にするかとか、ここの部分はどうカットするかとかいちいち聞かれないのがいい。
そんなこといちいち聞かれるのはめんどくせえ!と思ってしまう私はおしゃれじゃないということかな。
「いつもみたいで」と言うだけで適当にカットしてくれるのが気楽でいい。
たまには髪型変えてみない?とか言われても「めんどくさい髪型は嫌なので」と言って
髪型は変えていないつもり。
ただ、「いつもみたいに」と言っても季節によって長さが変わるし(夏は短めになる)、
定番の髪型も時代とともに変わっていくから、私の髪型も徐々に変えられているようだ(でも、気にしない)。
慣れた店が気楽でいいから、オーナーが店を辞めるまでずっとここで髪をカットしてもらうことになるだろう。
そう考えると、床屋って長い付き合いになるんだな。

2013年11月10日日曜日

映画「BEATCHILD ベイビー大丈夫かっ」を観た

「BEATCHILD ベイビー大丈夫かっ」を観てきた。
感動の野外ライブだった。
当時私は高校生だったからBEATCHILDという野外ライブが開催されたということしか知らなかった。
しかし、ライブ映像を観て驚きと感動の連続だった。
当時このライブへ出演したバンドの音楽を特によく聞いていたわけではない(BOOWYを除く)。
それなのに全てが懐かしく、「リンダリンダ」なんか歌ったこともないのにコーラスの上のパートも歌えそうなくらい。
今とは違って当時の私の周りには意識して聴いていた音楽以外にもいろんな音楽が流れていたんだなあと改めて思うのと同時に、当時は今とは違うロックの空気が流れていた時代だったんだなあと強く感じた。
ファッションやサウンドの古さは否めないけれど、80年代に青春時代を過ごした者としては本当に懐かしく思う。
観てよかった。
もう一度観たいくらいだ。
その当時のことを知らない若い人でも、ロック好きは必見!

このライブは1987年8月22~23日に熊本県の阿蘇山麓にあるアスぺクタという野外劇場で開催された日本初オールナイトロックフェスティバルの記録映画だ、
18時開演、翌日6時終演という予定だったが、ライブ中のほとんどの時間が豪雨という凄まじい状況の中で開催された伝説のフェスだ。
時間帯によっては1時間あたり71mを超える雨量だったという。
日本初の試みとは言え、
運営側が雨の予測をしていなかった模様で詰めが甘かったのは否めないところだろう。
運営本部の部屋もPAも床の上を濁流が流れる状況。
豪雨のため、機材が水をかぶって使えなくなるものが続出。
ドラムセット等を守るために急遽ステージ上にテントが設置されたがそれでも間に合わないほどの大雨・・・。
白井貴子の出番では1曲目の前奏でギターとベースが水にやられて壊れ、
ステージ上のモニターも水濡れのために撤去。
シンセとドラムパートだけの演奏(それもモニターが無いから多分かすかにドラムの音だけが聞こえただけだと思う)で歌った姿と、機材不具合で中断中に一生懸命に観客を鼓舞して
自らもバケツの水をかぶって気合いを入れるところなど全ての人が引きつけられただろう。

客側も雨対策が甘かった部分があったと思われる。
開催日は夏とは言ってもお盆明けだし、標高500mの高原の深夜ライブだから例え雨が降らなくても結構冷える。
映像を見る限りその対策をしていなかったと思われる薄着の客も多かった。
それが豪雨だったからひとたまりも無い。
ミュージシャン・スタッフ・観客ともに気合いで乗り切った我慢大会ライブとも言える。
でも、その状況を何とか乗り越えようとした真剣な姿に心を打たれるのだろう。

雷も鳴っていた時間帯もあった模様だから、今だったら間違いなく中止だったと思う。
しかし、7万人以上を人里離れた山奥に夜中に集めてしまったために帰すこともできなかったのだろう。
とにかく凄まじいライブだった。
全てが感動だったが、
白井貴子の出番前の不安な表情、あのスライダースのメンツでさえ楽屋で困った顔をしていたのに
甲本ヒロトだけは本気で雨を楽しんでいるような笑顔をしていたのが特に印象的だった(ただ、ブルーハーツの出番の頃は雨は降っていなかった)。

これDVDは出ないんだよな。
テレビ放送もDVD発売も一切なし!って書いてあったからなあ。
もったいない。
でも、あの豪雨の中でこれだけのクオリティで映像・音楽を記録できたのは奇跡に近いと思う。
よく今まで残っていたものだ。
ライブには多くのミュージシャンが出演している上に尾崎は死んでるし、契約とか権利とか面倒なことがあるのだろうけれど、
DVD発売して欲しいなあと思う。


2013年11月3日日曜日

「荒野ノヒカリ」へ行ってきた(愛岐トンネル)

あいちトリエンナーレの平行事業として開催していた「荒野ノヒカリ」が10月27日(日)で最終日だったので、
ナゴヤアドベンチャーマラソンの後にあわてて行ってきた。
場所は定光寺(春日井市)にある愛岐トンネルだ。
愛岐トンネルとは、元々JR中央線が通っていた愛知県春日井市と岐阜県多治見市にまたがる複数のトンネル群。
中央線が電化されるときにこのあたりは新たに山側に複線の線路が開通したので
この部分は廃線となってそのまま忘れられていた。
その後、JR勝川駅が高架の駅舎へと変わる際にレンガ造りのホームの保存運動が起こり、
その際にレンガ造りのトンネルの存在も思い出されてトンネルの保存運動も起こった。
それ以後NPO法人が設立され、この周辺の土地を買い上げるトラスト運動も起こって現在に至る。
トンネル周辺は危険な場所もあることから公開は年数回に限られる。
実はこのトンネルも観てみたくて行ったという感じでもある。


最寄駅はJR中央線の定光寺駅。
このあたりは庄内川と山との景色が素晴らしく、
かつては多くの人出があったらしい。
今は寂れていて、廃業した旅館の廃墟がむなしく建っている。
駅から300mほど歩くと愛岐トンネルの入り口がある。
ここから東に向かって歩く。
トンネルとその間を結ぶ道は廃線時にレールと枕木・保安機器(信号機や電線類)等を撤去しただけで放置されていたから、
バラスト(枕木の下に敷いた砕石)はそのまま。
土をかぶっている部分もあるが基本砂利道と同じで歩きにくい。
革靴やハイヒールでは歩行不可能だろう。
このバラストは歴史遺産なのでそのまま残す方向とのこと。
歩きやすい靴で来るようにしないといけない。



展示作品は主にトンネルの中にある(外にあるものもある)。
トンネルやこの地域の環境を活かした作品と感じか。
作品数は多く無いので、トリエンナーレのようなものをイメージしているとちょっと肩すかしを食らうかも。
私が行ったのは最終日の午後1時前後だったということもあるが、マルシェはほぼ全部売り切れで1店を残して閉店していたのが残念。
残っている1店もメインメニューは売り切れだったし。
そんなにたくさんの人が来てたのか、最終日だから余らないようにしたのか。
でも私がいた時間帯は結構たくさんの人が来ていた。
盛況だったと思う。
音を楽しむ展示(?)もいろいろあって、
愛岐トンネルの対岸を走る愛岐道路を通る車の音が波に聞こえる、
という展示が気になった。
車の走行音だからうるさいなあと思っていたのだが、
考えようによっては波の音か・・・。



今回歩いて行けたのは愛知と岐阜との県境まで。
その向こうは川があって、橋が無い(レンガ製の基礎部分だけ残る)。
岐阜県側にもトンネルがあるが、中には入れない状態だという。
今はそれを全部通れるようにして隣の駅(古虎渓駅)まで歩けるようにする計画があるらしい。
まずはトンネルを所有している名古屋市や多治見市がどこまでやるか、だな。


帰るとき、NPOの方に「紅葉のシーズンにも来てほしい」と誘われた。
ただ、紅葉シーズンはかなり混むらしいからなあ。
ちょっと検討だな。
ここは本当に景色が良くて、
気候がいい季節にお弁当持ちでのんびりしに来たいと思える場所だ。

2013年10月27日日曜日

第6回ナゴヤアドベンチャーマラソンへ出場


ナゴヤアドベンチャーマラソンに初めて出場した。
庄内緑地公園を走るのも初めて。
ということで、どんな大会なのかという興味とどんな公園なのかという興味の2つを抱いて出場した。
私は10kmの部に出場したが、この大会にはなんとフルやハーフもあるという。
ここでそんな距離走れるの?と思ったが、
この大会は今年で6回目ということだから多分走れるんだろうな。
でも、案内するおねいさんが「コースには芝生や階段・信号があります!」と言っていたのに驚き・・・。
プログラムを見る限り、近藤産興(♪何でも貸します近藤産興~)が中心になって運営しているようだ。
そして、スポンサーは取引がある企業などが中心になっているような。
スポンサーの広告を見ているだけでいろんなことが想像できて何だか面白い。

さて、開会式は8時からだが10kmの受付は9時までOKだからそれに間に合うように出かける。
庄内緑地公園はウチからは少々行きにくい場所なのだ。
それと、本当は試合当日までに出場種目の距離を練習で走っておくべきなのだが、
ここ半年くらい連続して10kmを走ったことが無い。
前回連続して10km走ったのは、実は4月のとくしまマラソンのとき(このときはフルを走った)。
それ以後、練習を含めて10kmを走ったことが無い。
試合でどこまで走れるかどうかわからない状態での出場はとくしまマラソンのときと同じだ。
過去に余裕で走れた距離でも練習不足だとかなり不安になる。
ただ、今回は来週以降の5kmの試合に向けた調整というか刺激を入れる目的で出場しているから、
5kmを超えた距離はダラダラになってもまあ仕方が無いと思っている。
1人で練習しているとどうしてもレースペースまで追い込めないから、
試合に出てレースペースに慣れておく目的があるのだ。

この大会は何だかとても和やかな感じだ。
FM AICHIが特別協賛だから、普段ラジオに出演しているパーソナリティーがやってきて会場を盛り上げるし、
いい感じの音楽は流れているし。
試合というとシリアスなイメージだが、そんな雰囲気はみじんも無い。
芝生にテントやレジャーシートが多数あって、ピクニックのついでに走るというイメージ。
もちろん、応援の人も多数来ていて家族連れも多い。
コースは貸し切りじゃないから、走っていると公園利用者が歩いていたり自転車に乗っていたり。
これもソフトな雰囲気を出している一つの要素だろう。

難点はコースが良くわからないこと。
送られてきたコース図を見ても略図だから良くわからない。
庄内緑地公園に今まで来たこと無いから余計にわからないのだ。
でも、矢印など案内看板があるはずだからいいと思って気にしないことにした。
が、これは間違いだった。
10kmの人向けの看板はあまりなかったのだ。
その上、先にスタートしたフルマラソンの選手で脱落している人が徐々に増えてきて、
10kmの選手なのかフルの選手なのかわからなくなくった。
1kmごとに距離表示の看板があるって書いてあったけど、あったのは2kmまで。
それと「あと1km」の看板のみ。
基本的にはフルとハーフ向けの看板しか無い感じがした。
そして、最大のわからなくなる理由は庄内緑地公園の周回コースを1周3/4してから河川敷コースへと出て行くことだ。
どの地点が3/4かわからないし、他の種目(フル)の人も走っているから前の人に着いて行くわけにもいかない。
「コースの間違いは自己責任で」とアナウンスしていたが、このことか~と後で気付いた。
河川敷コースに出てしまえば一本道だから間違うことは無い。
フルやハーフの人はずっと先まで走り抜けるが、10kmは途中で折り返し点がある。
場所はわかりやすいが、芝生の上にあるから足元がちょっと・・・。

そして、最大のネックが河川敷コースから公園の周回コースへと戻ってきたときだ。
戻ってくると、後からスタートしたハーフの人がうじゃうじゃと周回コースを走っている。
もちろん、どこからゴールへ入って行く(曲がって行く)のか良くわからない。
私は折り返し付近から調子が良くなり、ペースを上げて自分の前に見える人を公園の周回コースに戻るまでに全員抜いてしまったから、
前に誰もいなくなっていた。
誰にも着いて行けない・・・。
コースがさっぱりわからないから不安で速いペースで走れない。
コース途上にいる役員にゴールへは何処を曲がるのかと聞いても「もっとずっと先だよ」と言われるだけで良くわからない。
不安だけが募ってペースダウンしているとようやくそれらしい看板が・・・。
そこから普通のペースに戻って無事ゴール。
目の前には誰もいなかったから独走みたいな状態でゴールだったかな。
タイムは悪かったなあ(去年のベストより3分以上遅い・・・)。

しかし、FM AICHIのパーソナリティ2名がゴール前の直線に入ってくるランナー1人ずつのナンバーカードを読み上げ
「オカエリナサァイ!」とマイクでDJ調に言ってくれるのが面白い。
この大会の雰囲気はまさにこれだ!
肩に力が入って無いくて楽しめる大会。
ゴール後にはドリンクと食べ物が貰えるし(バナナ・うどん)、
このエントリー料で安い!と思った。
距離は正確ではないと思うけれど、楽しく走りたい人にはちょうどいい感じだな。
あと、記録証は後日郵送されるらしいけど、当日配ってしまった方が安上がりなのでは?
と思った。
来年もできたら出場してみたい。

2013年10月20日日曜日

2013年日本ジュニア・ユース陸上競技選手権大会の審判をした

今年もまた、ジュニア・ユースの審判をした。
この大会は元々ジュニアの大会とユースの大会が別々に行われていたものが合体したもの。
それぞれ出場可能年齢が違うが、ジュニアの方が上の年齢まで出場できることから
ジュニアの方がレベルが高い。
今までは全国のいろんなところで開催されていたが、ここ数年は毎年瑞穂(名古屋市)開催になっている。
来年までは名古屋開催だが、今後はどうなるかわからない。

さて、この大会は長距離種目を除く陸上競技種目が行われる。
標準記録を突破した者だけが出場できるのだが、3日間丸々かかるほどボリュームがある。
昨年は高校生で女子四継メンバーに選抜された土井杏南が注目選手だったが、
今年は何と言っても桐生祥秀だ。
アジア人初の100m9秒台の期待がかかるが、
何と100mは棄権・・・200mに専念したいからだという。
100mが行われる日(2日目)は雨の予報だったからかも知れない。
しかし、結局2日目は雨が降らず、200mが行われる3日目が大雨に・・・。
私はたまたま休憩時間に予選と決勝の桐生の走りを審判控室(ゴール地点辺りのスタンド下)から見た。
スタートしてすぐ、その瞬発力というか推進力の差にびっくり。
同じ年代の選手と競うのに、しかも決勝でも独走1位・・・。
そりゃアジア記録狙うような選手だとそうなるよな~。
身体はそれほど大きくないけれどバネが違うんだろうな。

しかし、今年の天候は辛かった。
3日目の大雨は凄まじい勢いだった。
何せ、投擲のサークルは池状態。
幅跳びの砂場にも水たまりができてしまい、水で砂が締まってしまうので掘り起こすと泥沼化・・・。
1跳躍ごとに選手がドロドロになっていく。
しかも、今まで暑い日が続いていたのに急に寒くなって身体も動かない。
我々もずっと屋外にいるから寒くてカッパだけではなくて使い捨てカイロも支給される始末・・・。
風邪ひかなくてよかった。

陸上の審判は資格の必要なボランティアと同じ。
陸上競技がプロスポーツじゃないから、審判もプロではない(これで給料もらって生活するという意味で)。
でも、仕事内容はプロレベルを求められる。

これからの日本陸上界を背負っていくだろう選手たちのために
私にできる範囲でささやかに頑張っていこうと思う。

2013年10月13日日曜日

エミール・クラウスとベルギーの印象派展へ行ってきた

エミール・クラウスとベルギーの印象派展へ行ってきた。
会場は碧南市藤井達吉現代美術館
大きな美術館では無いが、結構精力的に「これは!」と思える企画展を開催していると思う。
今回もポスターを見て「これは!」と思ったので行ってきた。
この企画展は開館5周年記念とのこと、気合いが入っているはずだ。

エミール・クラウスとはベルギーの印象派の画家。
美術館の案内文によると、
 印象派は、発祥の地フランスだけでなく、世界各地に伝播します。
 フランスの隣国ベルギーでは、モネやピサロといった印象派の画家たち以上に、
 点描で描くシニャックらの新印象主義が画家たちに大きな衝撃を与えます。
 こうしてベルギーでは印象派は独自の発展を遂げますが、
 その中心人物となったのがルミニスム(光輝主義)を率いたエミール・クラウスです。
 このたびの展覧会では、クラウスの作品を中心に、彼のもとに集まったベルギーの印象派たち、
 さらにその源となったフランスの印象派。
 そしてこのクラウスに学んだ日本人画家、児島虎次郎と太田喜二郎の日本の印象派と、
 ベルギー、フランス、日本の三つの国の印象派を63点の油彩でとりあげます。
 これまであまり注目されることのなかったベルギーの印象派の光まばゆい世界をお楽しみいただける貴重な機会となることでしょう。
とある。
確かにベルギーの美術はあまり取り上げられることが無いからこれはいい機会だと思う。
展示作品は前半がベルギーの印象派の作品、中盤からクラウスの作品、
最後にクラウスの影響を受けた日本の画家の作品が展示されていた。
クラウスの指導は、常に陽に向かって描け、だそうだ。
明るい陽の光の下だとどんな色でもキレイに見えてしまうが、
逆光の中では本当にキレイな色でないとキレイに見えないからだという。

私はどちらかというと写実的な絵が好きなので、印象派は好きな作品とそうでない作品が大きく分かれる。
クラウスは好きな作品だ。
このような絵を描く画家を新たに知ることができて、この企画展に来てよかったと思う。