2013年4月22日月曜日

とくしまマラソン2013完走!初めてフルマラソンを走る


今更ながらフルマラソンに挑戦し、めでたく完走できた。
選んだ大会はとくしまマラソン(理由は徳島が好きだから)。
ランナーズが選出する全国ランニング大会100選にも選ばれている素晴らしい大会だ。
目標タイムは最低でも3時間台、欲を言えば3時間30分を切ることを目指していた。
練習してないくせにちょっと贅沢か?
結果はネットタイムで3時間45分。
初マラソンとしてはまあまあじゃないか?
しかも、普段の練習走行距離が月100km未満だからよく走ったよなと思う(そして、去年の3~7月はほとんど走ってなかったし)。

今回の1kmごとのタイムは次の通り。
~1km・・・6分11秒
~2km・・・5分12秒
~3km・・・5分3秒
~4km・・・5分13秒
~5km・・・5分13秒(5km:26分44秒)
~6km・・・4分39秒
~7km・・・5分1秒
~8km・・・5分10秒
~9km・・・4分59秒
~10km・・・5分33秒(10km:52分18秒)
~11km・・・5分36秒
~12km・・・4分28秒
~13km・・・4分54秒
~14km・・・5分6秒
~15km・・・5分2秒
~16km・・・5分11秒
~17km・・・5分10秒
~18km・・・5分11秒
~19km・・・6分36秒(トイレに行ったため1分30秒ほどロス)
~20km・・・5分5秒
~21km・・・5分3秒
~21.0675km・・・(ハーフ:1時間50分23秒)
~22km・・・5分32秒
~23km・・・5分31秒
~24km・・・5分19秒
~25km・・・4分52秒
~26km・・・4分53秒
~27km・・・4分28秒
~28km・・・4分28秒
~29km・・・5分2秒
~30km・・・4分56秒(30km:2時間35分)
~31km・・・5分33秒
~32km・・・5分50秒
~33km・・・5分51秒
~34km・・・5分33秒
~35km・・・5分33秒
~36km・・・6分0秒
~37km・・・5分50秒
~38km・・・5分47秒
~39km・・・5分27秒
~40km・・・6分7秒
~41km・・・5分50秒
~42km・・・5分39秒
~42.195km・・・(ゴール:3時間45分54秒)

ペースが随分バラついているのが良くないな。
練習の走行距離が短いだけでなく、本来は2週間前までにやるべき30㎞走や2時間走は
結局2時間走を1回やったきり。
現役時代(20年以上前)でも2時間走が最長。
試合ではハーフマラソンを2回走ったことがあるだけだから、ここ10年くらいの間で考えると21km以降の距離は未知の世界だった。
しかし、最初からかなりゆっくりとしたペースで走っていたから気持ちの余裕はあった。
そこでちょっと余裕をかましすぎてペースを上げてしまったのが良くなかった。
30kmを超えてから急に足が動かなくなったのだ。
呼吸は全然苦しくないのだが、足をグルグル巻きにされたような感じで筋肉が固くなり動かなくなってしまった。
これが30kmの壁か・・・。
あと、34kmくらいからかなりお腹が空いてきて、給水所でバナナを貰ったりしてしのいだ。
徳島は大塚製薬の本拠地でありスポンサーにもなっているから、給水所のスポーツドリンクはもちろんアミノバリュー。
私は普段から練習時にアミノバリューを飲んでいるから慣れていてこれもよかったのかも。
足の筋肉が固まって動かなくても、気持ちに余裕があってリラックスして走れたのがよかったな。
今回は最高気温予想が13度ととても寒くても風も強く、スタート20分前にトイレに行っていたのにもかかわらずスタート直後に再びトイレに行きたくなってしまった。
我慢して走っていたが結局18㎞過ぎに行くことになって時間のロスをしてしまったのももったいなかったなあ。

また、この大会のスゴイところはお接待・おもてなしの心。
四国霊場八十八ヵ所の第1番は徳島県にある。
徳島県からスタートするのが順打ちと呼ばれるが、その影響で県民の間にはお遍路さんにお接待する習慣が昔からある。
その精神をマラソン大会にも盛り込んだそうだ。
それは、沿道の応援にもあらわれていた。
とにかく応援の方が途切れないのだ。
これは元気になる。
幼稚園や保育園の先生方がポンポンを持っての応援、お祭りのお囃子、アンプを使ったバンド演奏、阿波踊り、JALのスッチーが勢ぞろいでの声援・・・。
子どもも多数いて、手造りのカゴにお菓子を盛って「ご自由にどうぞ」って私たちにくれたり。
「疲れたらギブ(アップ)していいんだよ~」という男の子もいたり。
ほほえましい姿も私たちをリラックスさせてくれた。
徳島県は全国的に見ても人口が少ない県だ。

それも、徳島市から人口の少ない方面に向かってコースが伸びている。
しかもコースのほとんどは吉野川の堤防道路だ。
きっといろんなところから応援動員されていたのだと思うが、この応援は本当に嬉しかった。
地元の方々もこのおもてなしの心を誇りにしているようだ。
当日は強風の上にかなり寒くて長時間の応援は大変だったと思う。
そんな中を長時間にわたって応援してくれて感謝に堪えない。
おかげで元気に完走できた。
大会役員・補助員・ボランティア・警察他の方々などなど。
この大会を開催するために関わってくれた方、協力してくれた方、スポンサーに感謝したい。
私たちの趣味のために、本来は走ってはいけない一般公道を長時間通行止めにしてくれて、楽しく走れるよう各種手配をしてくれたのだから。
出場者が1万人(しかもフルマラソンだけで)もいる大会には初めて出場したが、とくしまマラソンは運営もスムーズで、人の流し方や各種配置などどれをとってもイイと思う。
もちろん、有志のおもてなしの心もイイ。
また出場したいと思える大会だ。
これでマラソンの楽しさもわかり、ちょっと欲が出て3時間半を切りたいと思うようになった。
でも、私はもっとスピード出して走りたいから試合の中心は5kmや10kmで、マラソンやハーフは年1回くらいかな。
徳島の街も都会過ぎず田舎過ぎず、私にとってはちょうどよい感じの好きな街だ。
ちなみに、阿波の国・徳島藩の殿様は蜂須賀氏。
出身は尾張で、豊臣秀吉子飼いの武将(元々は土豪)だ。
そのため、徳島の人たちは愛知県に対して親近感を持っているらしい。
愛知県の人はそんな気持ちは特に持ってないけど、親近感を持ってもらえるなんて嬉しいじゃないか!

2013年4月14日日曜日

高熱の出ないインフルエンザに罹患・・・

先月のことだが、生まれて初めて(多分)インフルエンザにかかった。
それも、高熱が出なかったので検査しないとわからないインフルエンザだった。

3月上旬に、朝起きると頭が痛い日が2日続き、
風邪っぽい症状があった(ただし、熱はほとんど出ていない)。
丁度その頃、
花粉の飛散が爆発的に増えた時期だったのでそのせいだと思っていた。
家にあった風邪薬を飲むと治るのだが、
薬が切れる時間になるとまたぶり返すという状態が数日続いて、
これはどうもおかしいと医者へ行った。
問診や聴診などの結果、普通の風邪だと診断されそうだった。
念のため「インフルエンザじゃないですよね?」と聞いたら検査してくれた。
そうしたらなんとA型に感染していたことが判明。
インフルエンザの特徴である高熱は全く出なかったのになぜだ?

医者によると「最近は検査しないとわからないインフルエンザもある」
とのこと。
私の場合がまさしくそうだった。
ということは、これまでただの風邪だと思っていたもののうちに
インフルエンザが混ざっていたかもしれない。
家に帰ったら家族から一斉に避けられたが、
症状が出てからすでに1週間経過。
家でも職場でも誰にもうつって無くてよかった。
初めてタミフルを処方された。
治ったと思っても全部飲みきってくれとのこと。
やっぱり感染力の強い病気なんだな。

2013年4月7日日曜日

第16回四日市シティロードレース大会に出場

初めて四日市シティロードレースへ出場した。
この大会はおそらく以前存在していた2つのレースを合体させて出来上がったのもだと思われる。
それは、四日市ロードレース(四日市市教育委員会主催、毎年2月11日開催)と四日市シティマラソン(四日市青年会議所主催、毎年4月第1日曜日開催)だ。
合体にあたり、四日市シティマラソンの日程に合わせたようだ(時期的に桜まつりみたいなイベントも開催されるし)。
私は現役時代(中学時代)にいずれの大会も出場したことがあり、いずれも16分台で走ったという相性の良い大会だった。
が、今の大会とはコースが違うから、どんなコースなのか楽しみでもあった。
事前の天気予報では雨の予想・・・。
しかも、低気圧が急速に発達して暴風雨になるかもとのことで、
どうしようかと思案していた。
が、久しぶりに雨の大会も経験しておかないといけないと考えて出場することに。
幸い、当日は風はかなり強かったものの午前中だけは晴れたのでよかった。

会場は四日市市陸上競技場。
ここはスタンドがあるオールウェザーの競技場で、伊勢市にある県営陸上競技場が使用できない場合に使うことに指定されているグラウンドだ。
近鉄八王子・内部線の日永駅から徒歩10分くらい。
試合の後に車を長距離運転するのは眠くてよくないので電車で行った。
全国の交通系ICカードが共通で使えるようになったので所持しているマナカを早速試してみようと思っていたが、なんと内部・八王子線は対象外だった(IDカード改札が無い)。
しかも、乗換駅の近鉄四日市駅で内部・八王子線と駅が別々になっていることも判明・・・。
この線は廃止の危機にさらされているとは聞いていたが、
少々不便な状態なんだな。
そして、乗換してみてびっくり。
内部・八王子線はナローゲージの鉄道だった。
路面電車みたいな小さな電車が3両編成(塗装がカラフル)。
席に座って足を組むと向かい側の席に届きそう。
でも、こういう電車もいいなぁ。

さて、会場に着いて受付を済ませ、アップがてら会場内をチェックしてみる。
雨の予想だったため受付場所が体育館になっていたが靴のまま入れるようにセッティングされていたのがよい。
コインロッカーや更衣(男子には)に十分なスペースがあり、陸上競技場内にも更衣室(男・女)がある。
これなら雨が降った場合でも安心。
大きな荷物の人は有料の荷物一時預かり(500円)もある。
駐車スペースは思ったより広くない。
満車になると近くで停められる場所は無いから困るだろう。
小耳にはさんだ話では、四日市駅周辺に車を停めて電車で来たという人もいたようだ。
会場周辺は工業地帯と住宅地になっていて、幹線道路(国道1号など)も通っているから路駐はすぐレッカーだろう。

10kmの部の受付終了が8時10分。
スタートは8時55分。
大会の運営は極めてスムーズな感じで滞りない。
スタート順はナンバーカード(ゼッケン)に付けられたアルファベットによってエリア分けがされていた。
私はAだった(申告タイム順だと思われる)。
ここでも特に問題は無い。

10kmのスタート地点はトラックの100mスタート地点より15mくらい先のホームストレート上。
開会式が終了したらすぐ集合となる。
スタートしたらトラックを1周して外へ。
最初に走る公園内は路面の状態があまり良くない。
そこを走り抜けると市街地へ。
市街地は道幅が広くてこの出場者数だと余裕だ。
某大会みたいに出場者数が多すぎて道いっぱいに広がって全然前に行けないなんてことは無い。
全般的に高低差はあまりなく、橋を渡るところなどに上り下りがある程度。
普段だと記録が出そうなコースだ。

ただ、今年は強風にさらされ、後半が主に向かい風だったのが辛かった。
特に今回は練習の一環として出場しているから足の疲労がピークでスタートしてすぐ足が重くてこりゃダメだと思ったくらい。
でも、あまり変な走りもしたくないから行けるところまで予定タイムで走ってみる。
予定のタイムは1kmあたり4分で走ること。
5kmまでは何とか予定タイムで行けたが、そこから先は向かい風もあってペースがガタ落ち。
1kmあたり4分20秒以上かかってしまい、2月の刈谷の記録より2分も遅いタイムでゴールした。
しかし、スプリントも練習に取り入れた成果が少し感じられたのがよかったかな。
一応出場者の1割以内の順位に入れたし。

総括として、いい大会だったな。
役員・補助員の方はとても慣れていてスムーズないい運営をしていたと思うし。
問題点と言えば、走り終えた後にどこへ移動するにも必ずコースを横切らないと無理なこと。
選手が走ってくる間隙をついてコースを横切るのはできたら避けたい。
ゴール前にトラックを1周しないコース設定にしたらこういうことは無くなるのになあ。
あと、サービスで貰えることになっていた豚汁やおにぎりの行列が200mくらい伸びていて断念したことも残念だったなあ。
とくしまマラソンまであと2週間。
それまでに足(特に腿)の疲労を取って、本命のとくしまマラソンに備えるだけだ。
マラソンを走るためには練習量が圧倒的に足りないができるだけの準備をしようと思う。

2013年3月31日日曜日

今年も陸連登録の時期がきた

今年も陸連登録の時期が来た。
登録は1年更新なので、毎年この時期に登録しているのだ。
例年は審判として登録しているが(日本陸連の審判員の資格を所有しているものは、毎年登録しなければならないと規則で定められている)、今年は競技者としても登録した。
競技者として登録しても200円プラスするだけで済むし(ナンバーカード代)。

陸連登録というととてもスゴイことのように思われるが、所定のお金を払えば誰でも登録できる。
一応登録するための規程があるからそれに沿った内容でないといけないし、陸上競技のルールは知っていなければならない。
ただ、陸連登録=競技者(記録向上を目的とする)だから、ただのジョギングランナー(ゆっくり走るのを楽しむ人)とか、仮装をしてのファンランなどを中心に考えて走っている人は陸連登録には向かないと思う。
最近は仮装していても走るのが速い人も結構いるが、それは本来の意味での競技者とは違うと私は思う。
仮装していたら、普通の競技者のスタイルをしているときほど早く走れないと思われるからだ。

仮装の問題は実は非常に難しい。
どこからが仮装でどこまでならOKなのか?の線引きが難しいのだ。
最近は仮装を禁止しているマラソン大会も結構多いが、そういう問い合わせが来ているそうだ。
基本的には、他の競技者に迷惑がかかるもの(鋲など周りの人に危害が及ぶ可能性がある服を着て走る、バットとか凶器になりうるものを持って走る)や、会社名や商標名などが入った横断幕や旗を持って走る(広告に該当)は×だ。

それはともかくとして、登録が完了したからこれで公認大会に出場できるし、各マラソン大会で陸連登録の部にエントリーできるな(逆に、一般の部(未登録の部)へはエントリーできなくなる大会もある)。
まあ、私のレベルがレベルだけに、トラックのレースには恥ずかしくて出られない。
スパイクも持ってないし(現役時代の古いのはあるけど)。

久々の陸連登録・・・。
ナンバーカードが届いてちょっと引き締まった気持ちになる。
現役時代の気持ちが少し蘇ってきたからかな。

2013年3月24日日曜日

リヒテンシュタイン展(京都市美術館)と青嶂会(京都観世会館)へ行く

ちょうど都合があったため、久しぶりに京都へ行った。
目的は美術館と友人が出演する能の舞台だ。
京都市美術館と観世会館は近い。だから余計に好都合だったというわけだ。
リヒテンシュタイン展は先に高知で開催され、
高知の友人が「結構良かった」と言っていたのでとても期待していた。
京都市美術館は平安神宮のそばにあり、
重厚な建物も素晴らしい。
展覧会が始まってまだ3日目ということもあり、思ったより混雑していなくてよかった(9時半に入場したからかも)。
会場はゆったりとした広さで作品が展示され、グッズ販売コーナーもとても広かった。
展示作品は全体として好みのものが多くて満足だったな。
それに、絵だけではなくて工芸品も多数展示され、
その意匠も気に入るものが結構あった。
ただ、個人的には昨年秋に観たエル・グレコ展の方が満足度が高かったかなあ。
私がグレコ好きだからということもあるが。




 
そのあと、まだ時間があったから、向かい側にある京都府立図書館を見学し、
まだ時間があるから平安神宮にお参り(実は平安神宮には行ったことが無かった)、
そして、保存か破壊かで物議を醸した京都会館を壊している現場を見学してから集合場所へ向かった。







集合場所とは鴨せいろで有名な蕎麦屋の枡富。
京都は意外と蕎麦屋が多いらしい。
関西圏はうどん中心だと思っていただけに意外だった。
この日、同じく観世会館へ行く予定だった仲間が、
私も観世会館へ行くことを聞きつけて昼食に誘ってくれたのだ。
お昼をどこで食べようかと思っていたのでこの誘いは嬉しかった。
おススメはやっぱり鴨せいろだということでそれを注文したのだが、
出てきたものをみて「大盛り」にしておけばよかったと後悔した(私は大食いだから)。





そして、観世会館へ。
私が観世会館へ足を踏み入れるのはこの日が初めて。
少し緊張する。
この日は味方玄先生が主催する青嶂会が開催されていた。
友人は味方先生について大学時代からお稽古していて
この日は大役を。
本番前の友人がホールに出てきてくれて、少し話をしたり記念撮影をしたり。
その後、私たちは見所へ入って仕舞を観たり、外へ出てお茶したり。
で、メインの演目「紅葉狩」を観た。
素人の発表会(と言っても地謡や囃子方はすべてプロの能楽師)だが、
かなりハイレベル。
出演している方々の日頃の稽古は相当なものなのだろう。
私の友人もカッコいい姿で登場、所作も堂々としていていい舞台だった。
 

やっぱり生で観るのはいい。
素人の発表会であっても迫力が違う。
普段なかなか能楽堂へは足を運べないのだけれど、
都合がつく限り行きたいと思う。




2013年3月17日日曜日

リニューアルした新美南吉記念館(新美南吉生誕100年) 愛知県半田市




リニューアルした新美南吉記念館(愛知県半田市)へ行ってきた。
今年は新美南吉生誕100周年の年に当たる。
新美南吉が生まれ育ち、29年の短い人生のうちで最も長く過ごしたのが半田市岩滑地域であり、
亡くなったのは岩滑の自宅だった。
お墓も半田にある(北谷墓地)。
南吉の童話の舞台は故郷の岩滑のものが多い。
私が子どもの頃は新美南吉の関連資料は岩滑コミュニティセンターの2階の一室に所狭しと並んでいたが、
今から20年くらい前に新美南吉記念館が完成してそこで一般公開されるようになった。
そして、今年その記念館がリニューアル。
今までの展示内容に少し慣れというか飽きもあったのでどのように変わったのか見てみたくて行ってみた。
印象は一言で言うと「随分と良くなった!」だ。
新美南吉記念館は南吉の地元の半田市北部の岩滑地区にある。
南吉の家がある集落からは少し西方に離れおり、童話「ごんぎつね」の舞台となったエリアだ。
ここが完成した当時は周りは丘陵地帯であまり何もなかったからいい雰囲気だったが、
最近すぐ隣に中央分離帯がある大きな道路が開通し、南側には大型スーパーが開店・・・。
周辺は宅地開発(でも今は空地が多い)。
すっかり景観が変わって雰囲気が台無しになってしまったのが惜しい。

記念館の建物は建設当時いろいろ物議を醸したが、外観は面白い形状をしている。
リニューアルしたのは中身だ。
図書室の前が街並みの雰囲気となり、展示室がグレードアップ。
見応えある展示物がいろいろ。
そして、グッズ販売コーナーの品揃えもかなり充実していた。
欲しいものがかなり増えて迷うほどだ。
グッズ販売コーナーや喫茶ルームは入館料を払わなくてもショップ用の入口から入れるから
また買いに来ようかな。

2013年3月10日日曜日

第2回名古屋ウィメンズマラソンの審判をしました

今年もウィメンズマラソンの審判をした。
事前の天気予報によると当日はかなり暑いということだったが、
当日になってみると曇り空でやや寒いくらいだった。
ランナーとしても、大会役員としてもホッとしたところだ。
暑ければ体調不良になるランナーが増えるからだ。

さて、私は今年も走路の担当の審判だ。
当日は朝7時55分に現地集合。
しかし、ボランティア団体1つが来ない。
しかも、そのボランティア団体の代表者が私の担当ブロックのボランティアリーダーなので
非常に困った。
学生審判も2名ほど来ない。
もちろん連絡先はわからないから何ともしようがない。
仕方ないので、今来ているボランティア団体の方に頼んで補助員の割り振りを決めてもらう。
結局準備開始時間ギリギリになってみんな揃ったからよかったものの、
誰も来ないという状況になったらホントに何ともならなかったと思う。
今後の課題だ。

毎年、私の知り合いが出場しているらしいが、私が担当するのは前半ということもあってランナーがまだ大集団になっている。
だから、誰がどこにいるのかわからなかった。
安田美沙子も走っているとのことだったが、それもわからなかった。

しかし、名古屋の都会のど真ん中をあれだけ長時間にわたって通行止めにして大会を行っているのに、そのことについてあまり何も感じていないランナーがいるらしいと聞いてがっかりした。
走れるのは当たり前だと思っているらしい。
大会出場のためにお金を払ったから走る権利があると思っている人がいたらそれは考えを改めてもらいたいなあと私は思う。
大会を運営するためには、非常に多くの人たちの協力が無ければ不可能。
しかも、コースの周辺に住む人やそこで仕事をしている人は強制的に無償で協力させられている。
それなのに、走っている人の中にそれを理解せず、
軽い気持ちでふざけ半分に出場したり、
走れるのは当たり前と考えていたり、
大イベントなんだから出場者が少ないと困るだろう、と考えている人がいたら残念でならない。
今年は無かったが、私は何度も沿道住民や通行する車の人から文句を言われ、
対応に困ったことが何度もある。
「マラソンなんてやめちまえ!バカ野郎!」って言われたことや、
「名刺を出せ」と脅迫めいたことを言われたこともある。

日本にはまだ海外のようなマラソン文化が根付いていないから、
都会でマラソン大会をやることに否定的な人は多い。
賛成している人の中にも、
じゃあ自分の家の近くがコースになって自宅から長時間にわたって車が出せなくなるとどうだと聞くとそれは嫌だという人も多い。

開催するには大会役員や大会ボランティアも多数必要だ。
陸上競技アマチュアスポーツだから、
審判は資格は持っているけれど職業ではなくボランティアと同じ(実際に陸連から給料を貰ってないし)。
これだけ巨大な大会だとボランティアも数が全然足りなくて、
いろんな団体に頼み込んでかき集めているということもある。
交差点等を担当する警察官も、走路になっているエリアの警察署から来ているのではなく、
全県から呼び寄せているのだ。
コースのエリアの警察署からすべての人員を出すと、その警察署の日常業務ができなくなるからだ。
もちろん、ランナーが安全に走ることができるよう、
コースの管理や医療サポート体制も万全にしている。
某大会(ハーフマラソン)では、
中途半端な気持ちでエントリーして、
結局最後まで走れなくて棄権したランナーが膨大な人数になり、
選手収容用のバスが足りなくて大変だったという話を聞いたことがある。
棄権者が増えると、何か体調の上で問題が無いかと担当役員はヒヤヒヤするのだ。

そういうことを理解した上で感謝の気持ちで走ってもらえたらいいと思う。
この大会だけでなく、
一般公道を使った大会は
本当は走ってはいけない道路を特別に許可されて走ることができるのだから。
自分の趣味のために多くの人たちの協力を得られるということは極めて幸せなことだと思う。