2008年5月25日日曜日

四国産スープ 空海(SHICOOK SOUP)







JR四国が開発した商品に「空海」というスープのシリーズを購入してみた。
これは、材料をすべて四国産のものでまかない、一流のシェフが腕を振るった逸品ということで、一度食べてみたいと思っていたものだ。
ただ、高級だけあって値段もそれなりに高い。四国へ行けばJRの駅などで単品で売っているが、通信販売だとセット販売のみ。
贈答品としてウチに贈ってくれる人もいないので、自分で買って食べてみた。
まだすべて食べたわけではないが、おいしい!
スープは野菜をしっかり裏ごししてある濃厚なもので、
暖めても冷やしてもおいしい。また、ミルクや具などを加えてもいい。今後、贈答品が必要になったときはその候補に入れたいと思うほどのレベルであった。

2008年5月18日日曜日

岐阜市歴史博物館

すっかり祭のことばかり書いてしまっていることに気づいた。祭関係の記事が多くなりそうなのを見越して「日記など」の『祭だ!』に書くことにしていたのをすっかり忘れていた。今後、祭関係はそちらに書くことにしよう。
招待券をいただいたので、金華山のふもとにある岐阜市歴史博物館へ展覧会を観にいった。今回の企画展は「特別展 皇室侍医ベルツ博士の眼 江戸と明治の華」である。これは、ドイツ人医師のベルツが日本に来て収集した美術品などを展示した企画展で、出品されたものはドイツのシュツットガルト市にあるリンデン民族学博物館所蔵の品である。この博物館には現在、1万6千点にもおよぶ多彩な日本の美術工芸品が収蔵されており、海外所在の日本美術コレクションのなかで最重要かつ最大規模といわれるものとのこと。今回はこの博物館コレクションの中核をなすベルツ・コレクションを中心に、リンデン民族学博物館所蔵品から選りすぐった日本美術工芸品、それにベルツ遺愛の品を加えて展示し、ドイツ人医師の眼が見出した、日本の美の精華、洗練された江戸と明治の粋を紹介するという意図である。

展示された品々の保存状態のよさにまず驚く。掛け軸など日本画は紫外線による退色やカビ・シミなどの影響を受けやすいが、非常にきれいな状態のものばかりで、日本画の特性をよく知った上で保管されているのだと推測される。それと、展示されている品のレベルが非常に高い。掛け軸以外にも漆器や陶磁器(七宝を含む)・蒔絵などすべての工芸品が一流の職人・絵師の手によると思われる。当時の外国人にとっては東洋のちっぽけな島国に過ぎない日本について予備知識は全くなかったはずで、ベルツは相当目利きであったに違いない。

岐阜市歴史博物館は、土日には常設展示室にボランティアガイドが常駐する。彼らは展示品の解説や体験コーナーのお手伝いなどをする。この博物館のよいところは体験型博物館となっているところで、体験コーナーがとても充実している。例えば、縄文土器の模様付けの体験ができたり、弥生時代の人たちが着ていたとされている貫頭衣を着てみることができたり、銅鐸の複製したものを叩いてみてどんな音がするかを聞くことができたり、古墳から出土した鉄製の鎧を復元してどれくらい重いのかを持つことができたり、江戸時代の子どもたちが遊んでいたと思われるおもちゃを使ってみることができたり。
その他いろいろあって子どもでも楽しめる。ボランティアはそのお手伝いをしていく過程で、地域の歴史についての解説もしてくれる。

常設展は何度も観ているので、いつもと変わった展示品だけチェックしていたら、ガイドにつかまってしまった。う、あまり時間が無い。が、私が発掘に興味があると知っていたのかどうかは定かではないが、来週から遺跡の発掘調査があることを教えてくれた。つかまってラッキーであった。
発掘場所は博物館のある岐阜公園のロープウェイ乗り場周辺で、織田信長の時代にあったとされる建物の遺構などを調査するという。岐阜公園のあたりは尾張と美濃を平定した頃の織田信長が屋敷や蔵などを構えていたことがわかっており、その調査をするとのこと。これらの建物は戦乱の中で全て焼け落ちているので、どのようなものが出土するかはわからないが、当時の瓦や陶磁器などが出て欲しいと言われていた。遺物があれば、遺構がどの時代のものであるかがある程度絞れる。今回は調査区域が広いので、30名余りの体制で来年3月まで行うという。ぜひ見学に来てほしいと言われたので、ある程度調査が進んだころに行ってみようと思う。

2008年5月10日土曜日

山おろし








5月5日は山おろし(山車の解体)を朝8時から行う。前日の疲れがどっと出ている中での作業は結構辛い。そもそも、祭りが終わってしまった後なので、なんとなく寂しい空気が流れている中での作業だ。
サヤから山車を曳き出し、ウチの組のY田氏が記念写真を撮りたいとのことだったので撮影のためにしばし待機。私もついでに同じようなアングルで写真を撮る。その後、雨に降られないうちに作業を行うということで、例年よりさらに急ピッチで解体を行う。彫刻の取り付け方法や山車本体の構造などがわかっていないと部品を取りはずすことができない。また、山車上部(上山や前山)は足を置く場が限られるので、気をつけないと自分も彫刻類も落下の恐れがある。彫刻などはすべて専用の木箱に納めるので、彫刻の名前や取り付けられている部分の名前を知らないと、どの木箱にしまってよいのかがわからない。木箱には筆で文字が書かれており、前山蟇股とはどこの部分か?脇障子?虹梁って何?って悩んでいる暇はない(木箱の多くは江戸時代に作られたもので、文字もそのときに墨で書かれたもの)。一応、間違えてしまわないように早見帳を作ってあるので、迷うときはそれを見る。困らないように普段から勉強が必要だな~。
木箱にしまった彫刻や柱などはすべて山蔵へ仕舞う。ウチの組はサヤは組事務所の向かい側(町中)にあるが、解体した部品等を収納する蔵は岡の上にある。
山蔵へ収納するのもただ仕舞えばよいというものではない。修理する彫刻類はすぐわかるように分けておき、それ以外は来年度に取り出しやすいように考えて収納する。綱などは絡まらないように木の台にかけておく。
ウチの組は例年多くの組員が出席するので他の組と比較しても作業が早い。今日も午前中で終わってしまった。昼食は例のごとく吉牛。組上げも吉牛だったし、たまには違うものを食べたいな~。

2008年5月4日日曜日

亀崎潮干祭(後の日)
























今日は後の日(2日目)。朝曳き(4時半集合)は寝坊して欠席し、警固(7時半集合)から出席。
尾張三社へ到着後、昨日は遠慮した棒締めを行う。楫方を引退した今、棒締めもいつまでやっていいのやら、と思う。たくさん若手がいるので後進に譲らねばならないな~と思う反面、H氏の兄のようにいつまでもやり続けるのもいいなあと思う(いろいろな意見があるが)。来年は辞めた方がいいかも、と思いつつ「よ~おんやらせ~!」と気分よく大声を出す。午後は曳き下ろし。例年と違って曳き下ろしたら浜の下へ整列せず、そのまま曳き上げ。その後、隠れた見所の県社廻り。今日はれいしょう様とも会えたし、それ以外にも久しぶりに会えたたくさんの方と話せたし、祭り以外でもかなり収穫があった。

2008年5月3日土曜日

亀崎潮干祭(前の日)






















今日は待ちに待った亀崎潮干祭の初日(前の日)!朝方に少し雨が降ったが、その後は天気がよくなり絶好の祭り日和となった。写真は県社前の浜へ曳き下ろしたところ。このポジションには一般の方は入れないので、かなり貴重な写真である。波がはねるのを警戒して、大幕は梶棒の上に折り曲げてある。ちなみに、この時間帯は満ち潮だったので、撮影後は台輪に波が当たるようになった。夕方、尾張三社で待機中にバナナ仙人さんから成岩の萌えるさんとAKDじゃなくてAKIさんを紹介いただいた。もう一人、桑名の石取祭りに参加しているという方は名前を聞きそびれてしまったな~。明日は会えるかな?

2008年4月29日火曜日

亀崎潮干祭(かめざきしおひまつり)

今年の祭のポスターに、なんと私が写っていました。少々小さいですが、全身が写っています。今年はポスターを貰うつもりはなかったのですが、早速組事務所で貰ってきました。

2008年4月20日日曜日

山車組み上げ

今日は、ウチの町内の祭りで曳く山車の組み上げ日でした。山車は江戸時代に作られた古いもので、普段は解体して蔵で保管しています。車輪部分はゴマと呼ばれ、松の輪切りをつかいます。これは普段はひび割れを防ぐため浜に埋めて保管しています。写真は、ほぼ組みあがった状態。写真では判りにくいですが、屋根や高欄周りはすべて漆塗り、斗組や虹梁などは蒔絵で装飾されたきれいなものです。この後、水引幕と大幕を取り付けして県社まで試し曳きをして組み上げ具合の点検をしました。山車の部品は木製ですが、かなり重くて大変でした(でも楽しかった)。明日は筋肉痛だな。