2012年7月15日日曜日

折りたたみ傘


私は物持ちが良い。
物を紛失することがほとんど無いし、
使っているいろんなものが中々悪くならないから。
だからいつまでも使ってしまう傾向にある。
小学校の途中から使っていた筆箱(革製)を高校卒業まで使っていたのは有名だったし、
今乗っている車は平成3年式(新車で買ってずっと乗っている)。
バイクは昭和61年式(製造は昭和60年、中古で購入したのは平成元年)だ。
服もなかなか悪くならないからいつまでも着れてしまい、
流行が去った後に着れなくなって困る。
流行は追わないけれど、定番物でも流行の形があるから。
物が捨てられないタチだから、どこかで思い切って捨てないと溜まる一方だ。
つい2年前まで成人式用に買ったスーツを着ていたし(ちょっと高級なものだったので)。
もっとも、
これは成人式から20年経過しても体型が変わらなかったからなせる技かもしれないが。

さて、今日の本題は折りたたみ傘だ。
この傘は19歳のときに渋谷のLoftで購入したものだ。
はるか20年以上前のことだ。
この傘の購入にはいろんな思い出がある。

当時、大学で証券研究会というサークルに掛け持ちで入っていた。
特に証券について研究・勉強したいというわけではなく、
そのサークルにいた先輩方がイイ感じだったから何となく辞めずに入っていたのだ。
当時の我が大学の証券研究会は真面目では無かったから、
証券についての研究などせず、ただ遊ぶだけのサークルだった(SHOWKENZと名乗っていたり・・・)。
だから、私にはちょうどよかったのだ(メインに入っていたのはマスメディア研究会だったし)。
こういうサークルでも一応学外団体には所属していて、
東海地区学生証券研究会連盟とか全国大学証券研究会連盟とかいう名前(だったかな?)に所属していて、
毎年1回開催される総会?研究会?にも参加していた。
私はその研究会に1年生のときだけ参加した。
実際は研究会参加が目的ではなく、東京に行くのが主目的でだ(研究会はどんなところかという
物見遊山的な不届きな心があった)。
そのときいろいろあってこの傘を購入したのだ。

会場は確か某大手証券会社の研修センターだったと思う。
飯田橋にあったかな?
私たちのサークルは真面目に勉強していなかったから、
研究会に参加してもみんなが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
もちろん、我々は他の大学の人たちから白い目で見られていた。
とても悔しい瞬間だったが、
私は商学部では無いし、証券について研究したいわけでは無いからいいや、
と言い聞かせた。

そして、研究会が終わった日と翌日にそれぞれ違う友達と会う約束をしていた。
終わった日に会った友達(中学時代の友達)とは少々夜更かしをしてしまい、
翌日の待ち合わせ時間に間に合うように起きることができず、
もう一人の友達(高校時代の友達)に会うことができなかった。
当時は携帯電話なんて無かったから・・・。
ポケベルも持ってなかったし。

友達と会う予定が無くなってしまい、特に行くアテも無くなってしまったので、
何となく渋谷に行くことにした。
当時はまだ東京のことは何も知らなかったから、とりあえずと言う感じだ。
そのとき、当時まだ名古屋には無かったLoftにたまたま行った。
私の好みに合うようなものはあまり売っていなかったのだけれど、
せっかく来たのだから何か買って帰ろうと思って買ったのがこの傘。
それ以来、20年以上使うことになるとは。
この傘もついにお役御免のときがきた。
結構ボロボロで穴が空いてきたからだ。
早く新たな傘を買わなきゃ。

この傘を見るたびに、会えなかった友人のことを思い出す。
その友人とはその後電話で話せたが、
今はどこで何をしているのか分からない。
どうしているだろうか?
久しぶりに会いたい。

2012年7月8日日曜日

牛川人は存在したのか?? 牛川人骨って旧人の骨?

 牛川人は存在したのか?
私たちの世代は高校日本史で牛川人は旧石器時代の旧人と習った。
国内で旧人の人骨は他には出土例が無いので、出土した牛川人骨は国内最古級ということも習った。
しかし今、この骨が本当に人間の骨なのかが微妙な立場に立たされている。
もしかすると、教科書に載っていたことが嘘になるかもしれないという重大なことだ。
数か月前に出土地の豊橋へ行った際に牛川人骨が出土した場所の近くへ行ったので、
せっかくだからそこへ寄ってみた。
そのとき、このことをふと思い出したので書いてみる。
牛川人とは、1957年と1959年に愛知県豊橋市牛川鉱山で発見された上腕骨と
大腿骨の化石人骨のことを指している。
これは、東京大学名誉教授鈴木尚によって中期更新世の旧人の人骨とされたが、
その後、形が人骨らしくないということで、
近年では獣の骨ではないかと言われている。
ただ、この骨は東大が保管しており
それ以上の検査が為されていないため本当はどうなのかが謎に包まれている。
出土場所は豊橋郊外の小高い丘陵地帯で、
今では住宅地の中にある。
テニスコートより狭いくらいの面積の公園が出土場所として保存されていて、
石碑や案内看板もある。
しかし、
この人骨の信憑性が疑われてから豊橋市はこれを観光資源からは外していて、
すっかり忘れ去られた存在となりつつあるようだ。
豊橋の新聞社である東愛知新聞の記事によると、ナウマンゾウの骨らしいと書いてある(「牛川人はどこへいく?―見直される日本人の起源―」 連載 : 2001年1月21日~28日)。


高校を卒業するとき、
日本史の先生が「将来この教科書に書いてあることが嘘になる日が来るぞ」
とおっしゃったのを思い出した。
10年ほど前には東北地方の遺跡でねつ造事件があり、
そのときも教科書に掲載されていた遺跡のいくつかが嘘だったことが分かってショックだった。
この牛川人も嘘なのか・・・。
地元愛知県出土のものだし旧人の人骨であって欲しいが、
最新の技術で真偽のほどをはっきりさせて欲しいと思う。

2012年7月1日日曜日

昔から、建築現場で疑問に思っていること(構造材の錆)


建設中のビルの鋼材についていつも疑問に思うことがある。
それは、大抵どのビルの鋼材も錆びているということだ。
私は素人だから、
鋼材が錆びたままコンクリートで固めてビル建設してしまうと
内部で錆びが進んで建物の強度が落ちるのではないか?
と思ってしまう。

先日たまたま建設中のビルを見かけたのでチェックしてみた。
このビルの骨組みはまだSの状態だが、
良く見ると配筋が括ってあるからいずれSRCとして建設されるのだろう。
このビルの鋼材も錆びていた。
H鋼など雨ざらしになっていれば錆びるのは当たり前なんだけど、
これでいいのだろうか?
配筋だって屋外に放置されているのは現場では当たり前みたいだし。
私がちょっと細かすぎるのか?
でも、竣工済みのビルで、
内部の鉄骨が劣化して問題になっているという話は聞いたことは無い。
やっぱり大丈夫なのかな?
それとも劣化に気付いていないだけ?
気になるところだ。

しかし、コンクリート打設後にやむを得ずスラブにシャフトを入れたり
梁などにスリーブをコア抜きするときは鋼材や配筋を切る場合もありうるから、
そっちの方がよっぽど問題だよなあと思ったりする。
実際のところはどうなんだろうなあ。
よくわからないが気になるところだ。

2012年6月24日日曜日

マイブック(新潮社)の使い勝手について


見た目は普通の文庫本と同じ形態の手帳、それがマイブックだ。
新潮社が洒落で発売しているものだと思う。
これを今年は試しに使っている。
私は仕事とプライベートの手帳を分けているので、
こちらは仕事用だ(プライベートの手帳は20年以上ダイゴーのアポイント)。

マイブックは1日1ページ使う形になっていて、日付と曜日のみ付けられている。
後は自分の自由に使う形だが、
文庫本サイズということで縦書きだ(別に横に書いてもいいけど)。
著者名欄や奥付などは自分の名前が書けるようになっているなど
遊び心満載だ。

しかし、やっぱり使いにくい。
文庫本の1ページが1日分だから、ちょっとスペースが小さすぎる。
それに、ページが180度開くって書いてあるけど開かないし(広げるとページがはじけそう)。
だから少々書きにくい。
罫線やドットなども無いから目印が無くてやっぱり使いにくい。
多分来年は普通の手帳に戻るだろう。

手帳にスケジュールやメモをあまりたくさん書かない人や、
ちょっと話題のネタに、と言う方ならこれでもいいかな。
私には合わない手帳だった。

2012年6月17日日曜日

ブログの機能が増強されたぞ(Blogger)

私の使っているこのブログがリニューアルされた。
運営者がメニューやプログラムを更新したようで、
レイアウトが今までより変えられるようになり、
壁紙も変わった。
そして、新しく統計データが抽出できるようになった。
これがちょっと面白い。

今までは自分のブログの閲覧者をカウントするために
別途カウンターをセットしなければならなかったが、
今回の更新で標準装備となった。
その上、どの記事にどれくらいのアクセスがあったとか、
どんなブラウザを使っているか、
OSは何か、
またどこの国からのアクセスがあったのかそれぞれ件数が表示されるようになった。

どんな国の人たちが私のブログにアクセスしているのか・・・。
興味深いので調べてみた。
1位はもちろん日本だが、
2位はなんとアメリカ。
その後は件数はほとんど差が無いが、
ドイツ・イギリス・韓国など。
少数だが中国・ウクライナ・マレーシアなんてもの。
何だか怖い気もする。
そう言えば、1年くらい前に
なぜかスペインの方からコメントいただいたことがある(スペイン語で書いてあったので
「スペイン語は分かりません」とコメント返した(Excite翻訳で作った文章で)。

どんな記事の閲覧が多いのか?
アクセス数上位を見るとバイクネタばかり。
ダントツは「TZRオーバーホール中!」
これは中身の無いホント中間報告みたいな文章だが、
私が自分でオーバーホールしていると勘違いした人がアクセスしたのだろう。
相当がっかりしたに違いない。
その他は能楽ネタやランニング・資格関係のネタにアクセスが集中している。
みんなそういうところに興味があるのか。

私のブログはコメントを書く人が少ない。
毎日平均で40件ほどのアクセスがあるが、コメントはほぼ0。
ブログ読んでるよって言う友人でも「コメントって何書いていいかわからん」と言われる。
書いてる内容が日記じゃないことが多いからコメントを書きにくいということもある。
コメントを書いてくれた方がそれは嬉しいけれど、
私のブログ運営の目的は文章を書く練習をするということ。
大人になると文章を書くということが極端に減るからだ。
最近は手紙を書くこともないし。
Twitterなどでやり取りをする際に文章らしきものを書くが、
あくまで表面的な奥行きの無いコメントのようなものばかりだ。
これは文章とは言えない。
だから、まとまった形で文章を書く習慣を持ちたいと思ってブログを始めたということもある。
キーを打って文章を書いているからペンで書くのとは脳への刺激は全く違うけど、
文章を書くために構想を練るという部分は同じだと思うし。
閑話休題。
ブログの新機能はまだまだあるみただから、
時間があるときにゆっくりと試して行ってみようと思う。

2012年6月10日日曜日

食品のアレルギー表示について

私はエビとカニのアレルギーを持っている。
だから、食べるものについて普段から気に掛けている。
最近はアレルギーを持つ人が増えたのか、
平成13年から食品衛生法において発症件数が多いものや、
発症した際の症状が重いものを食品に使用した場合は表示するよう義務付けられた。
具体的な食品名は、卵、乳、小麦、えび、かに、そば、落花生の7品目(エビ・カニは平成20年から)。
その他、表示を奨励(任意表示)されているものは、
あわび、いか、いくら、オレンジ、キウイフルーツ、牛肉、くるみ、さけ、さば、
大豆、鶏肉、バナナ、豚肉、まつたけ、もも、やまいも、りんご、ゼラチンの18品目。
こう見ていくと、意外なものがアレルギーを引き起こしていることが分かる。
詳細は消費者庁の該当ページを参照のこと。
http://www.caa.go.jp/foods/pdf/syokuhin19.pdf

ここで、私は非常に疑問に思うことがある。
それは、商品として販売するものだけが規制の対象となっていて、
市中の飲食店で提供される飲食物は規制されていないということだ。
私は会食や飲み会などの際に、いつも食べ物に何が入っているか気になる。
それはエビ・カニが含まれると後でアレルギー症状が出て困るからだ(私は蕁麻疹が出る)。
しかし、飲食店でアレルギー表示がなされているのを見たことは無い。
仕方ないから、私は怪しいと思われる品については一つずつ聞くことにしている。
アレルギーのある人は全人口の約2%らしい(私はもっと多いと思っている)。
日本人が仮に1億人いるとすると200万人もの人がアレルギー体質ということだ。
これは飲食店も規制の対象としないといけないのではないかと思える数値だ。
全国の都道府県のうち、人口が200万人以下の県は半数以上。
これを見ても200万という数字は侮れないと思う。
商品として販売している品だけではなくて、
飲食店で提供される食べ物も表示義務の対象として欲しいと切に願う。

2012年6月3日日曜日

「尾張氏・志段味古墳群をときあかす」を観てきた(名古屋市博物館)


名古屋市博物館で開催中の「尾張氏・志段味古墳群をときあかす」を観てきた。
あまり知られていないが、名古屋市守山区の上志段味の辺りは古墳が集中する地域だ。
それも、古墳時代の各時代区分のものが存在している貴重な地域だ。
そこは「志段味古墳群」と呼ばれている。
志段味古墳群の東端にある東谷山山頂には
古代に尾張を統治していた「尾張氏」の祖先を祀る尾張戸神社がある。
さらに尾張を代表する多くの古墳が山頂・山麓に分布している。
この古墳を観る限り、この地域にはかなりの権力者が存在していたことは明らかだ。

この地域では今なお発掘作業が続いており、
これから新たな発見があるかもしれない。
私は生まれも育ちも愛知県ながら志段味古墳群についてあまり知らない。
発掘の現場説明会も何度か開催されているのだが、
我が家から遠いということもあって中々行けない。
ということで、勉強を兼ねて観に行ってきたのだ。

名古屋市博物館による志段味古墳群の解説は次の通り。
名古屋市守山区上志段味に展開する『志段味古墳群』では、
ここ7年間あまりの発掘調査によって、白鳥塚(しらとりづか)古墳の墳丘形態が
大和王権の大王墓と同じであることや、中社(なかやしろ)古墳・
南社(みなみやしろ)古墳の古式の畿内系円筒埴輪、西大久手古墳で出土した
東日本最古級の巫女(みこ)形埴輪・馬形埴輪など、重要な発見が相次いでいます。
それらの成果からは時代の最新情勢に素早く対応する先進性と、
近畿の大和王権との強い結びつきがうかがえ、『日本書紀』や『古事記』に
尾張を代表する豪族として登場する、〝尾張氏(おわりうじ)〟とイメージが重なります。
本展では、この志段味古墳群に属する古墳とその出土品を中心に、
尾張を支配した古墳時代の豪族の動向を追っていきます。
また尾張の古墳時代の最盛期である5~6世紀に発展をもたらした、
幅広い地域間交流のようすについてもご紹介します。
古墳とそれらをとりまく古代尾張の時代背景を通じて、
古代東海の大豪族“尾張氏”のイメージを浮かび上がらせていきます。

考古学好きな人ならきっと満足できる展示だ。
尾張氏についてこのような形で企画展が開催されるのは多分初めてだと思うし。
もちろん図録も買った。
オススメの企画展である。