2010年8月7日土曜日

明日は、見晴台遺跡 市民見学会(現場説明会)

いよいよ明日は見晴台遺跡の市民見学会だ。
私がこの遺跡の発掘に参加し始めてからもう15年くらいか?
途中で不参加の年が2回あるが、
それ以外は毎年3~4日程度発掘に参加している。
ボランティアでの参加は10年以上かな。

市民見学会(現場説明会)は今年の発掘成果の発表・解説を行い、
その後現場に下りることができる大変有意義なものだ。
見晴台遺跡は発掘している期間はいつでも見学できるが、
現場に下りることはできないし、資料をもらって順を追った説明を受けることは難しい。
だから、私は毎年市民見学会の日は発掘に参加することにしている。 

毎年見晴台考古資料館の発掘担当学芸員が変わるため、
今年はどのような手順で行うかはよくわからない。
年によっては発掘に参加している一般市民が発表することもあった(私も経験した)。
昨年は学芸員が発表したので
今年もその流れかも。

ただ、昨年は考古学というか日本の歴史のいろはを全く知らない人が来ていて、
「そんな不親切なわけのわからん説明はないだろう!もっと真面目にやれ!」と苦情を言われた。
こんな苦情は初めてだ。
でも・・・中学生でもわかるレベルで話をしているので、
これ以上と言われるとかなり厳しい。
市民見学会に来るのは歴史の基礎知識がある方がほとんどだから、
物見遊山で来られるのはちょっと困るところ。
ただ、そういう方に遺跡に興味を持ってもらいたいという希望もあるだけに
対応が難しい。
今年はどうなるか・・・。
学芸員さん、よろしくお願いします!


2010年8月4日水曜日

祖母の死




祖父が無くなっておよそ2週間。
今度は祖母が急逝した。

高齢だったので体は弱っていたが、
何かの病気で明日の命も知れぬ状態ではなかった。
だから、死因は老衰になる。
93歳だった。

私は生まれも育ちも愛知県だが、
父の出身は徳島(祖父は転勤族だったので、生まれたのは名古屋)。
だから実家も徳島だ。
というわけで、急遽葬儀のために徳島へ出発した。
私の父は私が高校生のときに夭折している。
そのため、私は年齢より早く大人になることを暗に要求され、
何となく飛びぬけ感というか若い弾けたところを抑えたまま今に至る。
それはまあ仕方がないところだ。

父は長男で、私はその長男。
ということは、
本当は私が本家の跡継ぎなのだが
父が亡くなっているのでその義務は無くなっている。
が、祖父母から見たら初孫だし、
元々は跡継ぎなので微妙な立場だ。

我が家は真言宗。
そう、空海さんが開祖の密教だ。
葬儀の作法も真言宗なのだが、私は全くわからない。
しかも、実家の近所の地域での昔からのしきたりみたいなのもあり、
訳がわからない。
お経もしかり。

祖母はまだ寝ているかのようなカンジだった。
通夜の日は祖母のいる部屋で寝たような寝なかったようなカンジで過ごし、
翌日が告別式。
長寿だったとは言え、やっぱり重苦しいカンジだ。
私は翌日が仕事だから最後までいると帰宅できなくなる。
ということで、焼き場まで一緒にいて
そこから帰宅した。


大好きな徳島。
でももう気軽に徳島には行けない。
それは祖父母が亡くなって代替わりしてしまったから。
これで、祖父の家ではなく叔父さんの家になった。
もうあの家にも気軽にはいけなくなるんだ、と思うとそれも寂しい。
父の骨は遺言により本家の墓に入っているから徳島にある。
それを口実にときどき家に寄りたいな。