2008年12月28日日曜日
納会 ~J・Dining仙之助~
金曜日が職場の偉い人たちとの忘年会だった。
今年の最後の出勤日だったから、納会という意味合いのものだった。
偉い人がいる飲み会は気が重いが、まあおいしい料理が出る店みたいだし、
席さえ間違えなければまあいいか。飲み会では職場では聞けない貴重な話が出ることもままあるので、そういった面でも有意義だ。
行ったのは、知多半田駅前のクラシティ2階にある「J・Dining仙之助」という店。
この店は内海にある料理店の暖簾分け(兄弟が出店?)らしいという話は聞いたことあるが、
その内海の店もかなりおいしいらしいので期待大!
店の雰囲気はしっとりと落ち着いた感じで、個室の席にすれば接待などでも使えそうな雰囲気だ。
居酒屋ではないので騒ぐのはちょっとマズい感じ。
この店はランチメニューには洋食も一部あるが
基本は和食の店だ。
出てきた料理はどれもおいしい。
ボリュームは、酒を飲まない私にはちょっと少なめ(私は大食いかも)。
お酒を飲むならちょうどいいだろう。
今回は偉い人もいるということでやたらと料理の写真を撮るのが憚られ、
撮ったのはデザートだけ。
このデザートがまたなんと豪華。
写真を見て分かるとおり、プリン、柿、ラ・フランス、アイスクリーム、チョコバットなど(一品の名前が分からない)。
和食の店なのに、こんなデザートが出るなんて。
しかも、料金も意外と安い。
これはまた来たいと思える店だ。
ランチはもっとボリュームがあるらしいので、
次回はランチにしよう。
2008年12月21日日曜日
フレンチの店で忘年会! ~カジュアルフレンチレストラン ピーター~
職場の忘年会に行ってきた。今回は私が幹事だったので、開催したという方が正しいのかもしれない。私の職場は比較的大人しい系が多いのでハデに宴会をすることを希望していない人が多数派。というわけで、ちょっとおしゃれにフレンチの店をチョイスした。今回の出席者は17名。
今回選んだのは半田市出口町にある「カジュアルフレンチレストラン ピーター」。この店はまだ開店してから半年以内だと思うが、前から気になっていた店なので今回個人的な好みで選んだ。こういうところは幹事の役得だ!
店のシェフはポーランドのアメリカ大使館や愛知万博のポーランド館のシェフをしていたという実力派。ポーランド人で、若い頃にフランス料理の修行をしたらしい。
店内にはその華々しい経歴を物語る写真が多数飾られている。
しかし、そんな人がなぜ東京や名古屋ではなく、半田で?と思ったが、
どうやら奥さん(日本人)の希望らしい。
料理は、本当においしい。材料等は全て納得のいくものを仕入れしているといい、本場の味を目指しているという。サーモンのマリネも全然臭みが無かったしいい感じだった。
腹ペコだったので写真を撮る前にがつがつ食べてしまって撮影できなかったのが残念。
今回はディナーの3,000円コース+飲み放題だったが、ボリュームたっぷり!小食の人だとメインの料理になる前に満腹になってしまうかも。もちろん、私は余裕だった。
とりあえず撮った料理の写真(一番下)はメインの肉料理。本当は豚か鳥のどちらかを選ばなければならないのだが、シェフの好意で両方を取り分けていただけた(元々は豚と鳥をそれぞれ必要人数分を頼んであった)。写真2番目は、その肉の最後の仕上げをしているところ(炎が上がっている)。その仕上げと取り分ける過程を披露いただけた。
本当は日曜定休だったが、パーティーのディナーならと快く引き受けてくださったお店の方々に感謝!
シェフはみんなとたくさん話をしたい様子だったが、使う言葉はもっぱら英語。日本語はあまりわからないとのことで、英会話がもっとできたらシェフと楽しくお話ができたのになあと残念に思う(シェフも、日本人があまりに英会話が苦手なので残念に思っているそうだ)。
料理は本格的なのに店はカジュアルな雰囲気。もちろんフォークとナイフだけでなくお箸もついていて、今日のメンバーは多くがお箸を使っていた模様(出席者の平均年齢は35歳くらいなのに)。
他にもいろんなメニューがあるので、今度はランチ(1,000円)やチーズフォンデュを食べに来ようかな。
お店のホームページへは以下の店名をクリック!
「カジュアルフレンチレストラン ピーター」
2008年12月13日土曜日
JR名古屋駅 タワーズライツ
今年は「輝きの絵本の世界へ、ようこそ。」というテーマらしい。
かなり込み合っていたが、今年は写真を撮ってきた。
自称、名駅生活14年なので、名駅の動向は毎年気になるものだ。
1月12日までやっているそうなので、実物をまだ観てない人はお早めに。
http://www.towers.jp/topics/106.html
2008年12月7日日曜日
愛知駅伝
愛知県内の市町村対抗で行われる愛知駅伝に行ってきた。私は競技者としてではなくて、競技役員(審判)としての参加だ。
この大会は今年で3回目。愛知万博の理念の継承とかなんとかいう目的があることになっているが、実際は町おこし的な雰囲気が強いイベント的な大会だ。会場がモリコロパーク(愛・地球博記念公園)だからそれに気付く人もいると思うが、ほとんどの人は意識していないだろう。
イベント的な大会なので、ぶっちゃけた話、陸連の審判がいなくても大会は成立する。ただ、主催者が東海テレビと愛知陸協であり、素人でこれだけの規模の大会は運営できないので我々が出動することになっているのだろう。
さて、競技の結果は新聞やテレビで報道されているので省略。
競技役員として参加し、問題だと感じた点を挙げたい(他の審判の意見も似たような意見を言っていた)。
①市町村対抗の駅伝なのだが、応援などのグッズも市町村対抗の状態になっていて、
かなり税金を無駄に使っている市町村があると思われる。
応援のためと称して市町村の名前が入った横断幕や幟などを多数購入しており、
年々エスカレートしている。
これらは、実際のところ選手を応援するためではなく、
他所の市町村がやっているからウチも負けていられないという対抗意識から行われているうようだ。
また、選手に良く見える位置ではなく、
テレビにたくさん映ると思われる位置にたくさんの幟が立てられるため、
スタート・ゴール地点への設置は規制されている。
余裕が無い市町村はこういったものにはお金を掛けられないのでかなりの差が出ている。
②コースが狭い上に曲がりくねっている。
公園内の道は駅伝をすることを想定して作られていないので、駅伝に適したコースとは言えない。しかも、テレビ中継するために狭い道に中継車や報道バイクが何台も通行する。バイクが選手のすぐ横をすり抜けていくのを何度も見て怖い思いをした。また、中継車の排気ガスはかなりのもので、沿道で審判をしている私でも気分が悪くなるほど。
③代表選手の選考方法が明確ではない市町村があるらしい。
今回はそれほど聞かなかったが、
第1回の頃は代表選手を選ぶ選考会も無いままいつの間にか選手が決まり(その市町村チームの監督になった人が自分の息のかかった選手を勝手に選んだという噂も)、
十分すぎる予算がついたため派手に飲み食いしていた自治体があるという噂がかなり流れた。
④自分の住んでいる市町村の選手の成績がイマイチだと、
地元の人たちが「あいつのせいで順位が落ちた」と非難する。
この駅伝に選ばれた選手は実業団所属などほとんどプロの人からアマチュアランナーまで幅広く出場している。
アマチュアは当然それなりの走りしかできないのだが、
他の市町村に抜かれたりすると非難が集中する傾向にある(特に上位を狙っている市町村に顕著)。
そのため、一生懸命走っても文句しか言われないから出場したくない、と代表レベル以上の実力者が出場辞退している場合がかなりあるという。
⑤父兄の応援マナーが非常に悪い。
自分の子息や孫が出場していると応援に熱が入るのはわかるが、立ち入り禁止の場所に入ったり、走路に飛び出したりしている父兄が非常に多い。子どもより大人のマナーが悪いので、役員の間でも問題になっている。
この大会は今後も続いていくと思うが、
あくまでイベントとして市町村交流・町おこしの駅伝大会にするか、
ホントの真剣勝負の競技会にするか(出場選手は全員が陸連登録必須にする)
はっきりさせるべき時期がきたと思う。
今の状態は開催ありきで、大会の意義や理念が付いてきていないように思われる。
不況の折から来年度のスポンサー探しもかなり難しいと思われるので、
しっかりとした目的・理念が必要であると思う。
また、一部の大人の応援マナー改善も必要だ。
2008年12月6日土曜日
2008年12月5日金曜日
スーパー一座 最後の「吉例 大須師走歌舞伎」公演
ついにこのときがきた。
名古屋が誇る劇団「スーパー一座」が終わりのときを迎えることになった。
理由は、劇団創設者で脚本・演出を手がける岩田氏が高齢になり、
以前のように情熱的に、かつ根気よく活動していくパワーが減少してきたことが原因という。
自分の理想とするレベルが高いだけにそれを維持することは並大抵ではないが、
そのレベルを達成できないと悟って苦渋の決断をしたに違いない。
私も10年以上師走歌舞伎に通っているが、とても寂しい。
劇団員は尚更だろう。
7月に大須オペラが最後となり、歌舞伎まで・・・。
さて、今年の演目は桜田治助の「御贔屓勧進帳」と
「十六夜清心 月現薊双葉」という河竹黙阿弥原作のものの二本立て。
いつもより内容も濃いし時間も長い。
主役はいるが、脇を固める役者さんたちの活躍の場がかなり多い。
動きのハードさは主役以上じゃなかろうか。
おっと、
ここで詳しく書いてしまうとこれから観にいく方ががっかりしてしまうので止めておく。
歌舞伎というと良くわからないと思って敬遠する方が多いと思うが、
大須歌舞伎は違う。予備知識全くナシでもとても面白い。
これって原作はシリアスなストーリーじゃなかったのか?というものまで
笑いの要素がふんだんに盛り込まれる。
細かいところにいろんな仕込があって、それに気付くのもまた面白いことだ。
私がこの劇団の公演に通うようになったのは、
この劇団の看板役者の一人が私の幼馴染(私が後輩)だから。
「亀崎屋」という人。
小学校のときは家が近所で、この人の家の前に集合して小学校へ通っていた。
私は引越ししてしまったので長く付き合いは無かったが、
風の便りに「何やら大須の劇団に入って活躍しているらしい」と聞き、
妻と行き始めたのが10年くらい前。
もうそんなに経つのか~と思う。
本当は千秋楽かそれに近いチケットが取りたかったが、仕事があるので行くことができず
例年通り初日の夜に行った。まだチケットは若干余りがあるようなので、気になる方はゼヒ足を運んでもらいたい。かなりおススメ。
Mixiに日記を書いている役者さん(どの役をやっていたかわからない方も含む)を
みつけたので、突然で失礼とは思ったがコメントを書かせてもらった。
スーパー一座は今年で無くなるが、
座員の有志が新たな劇団を作るような雰囲気がある。
座長を中心にして、新たな劇団のスタートを心待ちにしている。
※今回は夜の公演で写真が撮れなかったので、
ある役者さんの日記から写真を拝借しました。
勝手に流用してゴメンナサイ。
2008年11月30日日曜日
2008年11月22日土曜日
陸上部OB会 ~寿司 吉祥~
先日、中学校の陸上部OB会を開催した。
これは、ずっと前から続いていたものではなくて、私が同年の仲間に
「OB会やろ~ぜ」と言って始まったものだ。
私がいわゆる「言いだしっぺ」のうちの一人。
こういうことは言い出す人がいないと中々始まらないものだと思うので、仲間を巻き込んで始めた。
私は中高と陸上部だったが、中高とも今のところOB会は無い(私が知る限り)。
中学のときの顧問の先生はマスターズ陸上 女子投てき三冠王(アジア記録保持者)、
高校のときの顧問の先生は100mを10秒4(手動計時:1978年だったかの記録)
という海外遠征もしていた化け物揃いだった割には寂しい限り。
一昨年の中学同年会の折に話が盛り上がって昨年は同年だけで集まり、
今年は一つ上と一つ下の3学年が集まった。
集合を掛けようとして、
地元に住んでいない人や実家が引越ししていて連絡が取れないメンバーもたくさんいた。
それでも14人集まった。
本当は20人くらいが出席できる予定だったが、
仕事や子どもの都合などがあって来れなくなった人もいた。
会場は、寿司屋の吉祥という店。
結構うまいということで、部長だった友人が見つけてきた。
卒業して間がない若い頃はOB会なんて、と思うものだ。
しかし、年月を経て再開してみると結構楽しい。
あまり変わってない人とそうでない人、
仕事が忙しすぎて悩んでいる人と、忙しいなりにも楽しんでいる人などいろいろ。
私は地元に住んでいながら地元の方言をあまり使わなくなってしまっているので、
それらが飛び交うのも新鮮な感じだ。
あ~こんな言葉使ってたな~と思ったりする。
かつてはあれだけハードに練習していたのだが(させられていた?)、
今でも走っている人はほとんどいない。
聞いてみたところ私以外には2名だけだった。
でも私は多少走っている程度なので「走っているよ」とは大きな声で言えない。
でも、走っている人の話を聞くと影響されるな~。
またちゃんと走り始めよう。
私は人集めをしただけで幹事は部長だった友人に頼んでしまっているが、
好評だったらまた来年もやりたいなあと思う。
今度は更にもう少し学年を広げようかなどど目論んでいる。
で、いずれは顧問の先生も招待したい。
2008年11月15日土曜日
有森裕子・布袋寅泰らと走る! ~エンジン01文化戦略会議 オープンカレッジinなごや~
11月8日(土)に「エンジン01文化戦略会議 オープンカレッジinなごや」というイベントに行ってきた。
本当はこの日は出勤すべき日だったが、休みが取れてラッキーだった。
「エンジン01~」とは、異分野の専門家が自由な意思を以って集まり、
相互に学び合い、新時代の文化を創造していくことを目的とし、
この目的を果たすための活動を行う上で、
公正と無私の心を基本理念としている団体である。
構成メンバーは本当に各界の著名人ばかりで、
具体的には以下のページをご覧いただきたい。
http://
で、今年はその会が主催するオープンカレッジが
たまたま名古屋で開催されたので行ってきたのだ。
このような全国レベルのイベントはよく「名古屋飛ばし」をする。
が、この会は今年は名古屋を会場としてくれた。嬉しいことだ。
会場は名古屋国際会議場(白鳥センチュリーホール)。
オープンカレッジなので、いろいろなテーマごとに講座があり、
各界の著名人がやってきていろんな話を聞かせてくれる。
私はそういった講義形式の講座一つと、体を使った講座一つをチョイスした。
その体を使った講座が「有森裕子と走ろう!」である。
有森裕子とは、あの有名な「自分で自分のことをほめてあげたい」の名言を残した
オリンピック女子マラソンの銀メダリストである。
今はプロのランナーではなく、このような講座の講師をしたり
国際陸連の委員やNPO法人の代表など忙しい毎日のようだ。
現役選手の時代と違ってとても充実したいい顔をしていた。
今回はたくさんある講座の中の一つということで、
エンジン01のメンバーの何人かが一緒にこの講座に参加していることがミソ。
有森以外の参加者は、浅葉克己、伊藤穣一、犬養裕美子、岡田達雄、
林真理子、布袋寅泰、矢内廣とそうそうたる顔ぶれ。
でも、この人たちちゃんと走れるの?というのも正直なところ。
この講座のチケットは随分前に売り切れており、人気は高い。
120人くらい出席しているだろうか。
写真撮影や録音は一切禁止という厳戒態勢だったので、
残念ながら写真はない。
サインも、基本的にはダメだということだった。
この日は朝からあいにくの雨だったが、走る時間になったらほとんど止んだ。
雨が続いたら講演会になる予定だったが、走れそうなのでRun決行となった。
講座は90分間で、最初の30分~40分くらいは有森の話を聞く。
自分の昔話はほとんどなくて、ジョガーとしての心得とか楽しみ方、シューズの選び方などためになることばかりだった。
参加者から「シューズなどはどこで買えばいいのか?」という変な質問があり、
有森は名古屋は知らない土地なのでまごつく場面も。
ただ、有森はあるスポーツメーカーがスポンサーについているので、
「できれば『エーエスアイシーエス』と書いてあるメーカーの製品を買ってください」と笑って言っていた。
そのあと外へ出て、
準備体操とウォーキングをして白鳥公園のコースを一周。
その後はフリーで走るのを30分くらいというメニュー。
私は最初布袋寅泰をマークしてすぐ後ろを走っていたが、
布袋はフリー時間になるとあっという間に後ろに下がって行った。
残念!
布袋はかなり身長が高くて大物のオーラを発しているが痩せている。
ライブで鍛えた身体だから体力はありそうだが、持久走はどうかな~。
その後途中で公園内をチラっと見たところ、コース外を歩いているのを発見。
やっぱりな~。
今回参加したことの目的のうちの一つは「布袋のすぐそばで一緒に走る」だが、
それは一応達成できた。
有森はコースを逆走したりして、メンバーが無事走っているかをチェック。
途中でハイタッチなどをする。
Run終了後に再び集まって、01メンバー各位が感想を述べる。
ここで、林真理子の「子どもをだっこしたお母さんより遅かったのがショックだったが、
私の場合はおなかにその分ついているから条件は同じか、と思った」などと述べていたのが面白かった。
あっという間の90分間、来年はもう名古屋では開催されない。
三重や岐阜などでの開催なら行けるので、また行きたいなあと思うイベントだった。
※敬称略
2008年11月8日土曜日
第27回半田市民マラソン
何でわざわざお金を払ってまでしてこんな疲れることをするのか理解できないという声もあるが、
私は陸上競技、走るのが好きなので走るのだ!と言うしかない。
先週から左ふくらはぎを痛めているので、
今日は完走できるだろうかという心配があった。
天候はまずますで、レースにはちょうど良い感じ。
本来なら目標タイムクリアに好都合な天候なのだが、
今日は足と対話しながらのレースとなった。
私のレース(5kmの部)のスタート時間は10時なので、
8時半くらいに到着できるように出かける。
この時間でも早いと思うかもしれないが、キチンとアップしておかねばならないし、
何より駐車する場所が無くなるからこの時間には到着すべきなのだ。
この大会は今年で27回目という歴史ある大会だ。
毎回3千人前後の出場者があるらしく、今年も会場はにぎわっている。
私がかつて現役アスリートだった時代に、
実はこの大会のある部門で優勝したことがある。
で、受付時に競技部門の出場者に配られるパンフレットを見たところ、
歴代優勝者の欄に私の名が印刷されていた。
私が知らない間(しかも20年以上も)私の名がずっと印刷されていたのかと思うと変な感じだ。
さて、スタート。
私はスタートラインから5mくらい後ろでスタートすることになり、
大集団の中で序盤の走りをする。
足はまだあまり痛くない。
私が出場したのは5kmの部で、
途中の2~2.5kmあたりで急激な下り坂、
3~4kmあたりで急激な上り坂と細かいアップダウン、
ラスト1kmが急激な下りと急激な上りというかなり手ごたえのあるコースだ。
入りの1kmは4分7秒。
まあまあだなあと思っていた矢先に、ちょっと嫌な痛みが足に出始める。
あと4kmあるし、自重しなければならない。
やむを得ずここからペースを落として走る。
足の力を抜くようにして、キックも弱めにする。
ストライドも小さめに。
2km以降は沿道の観客に隠れて距離表示が見当たらないのでスプリットタイムが計れない。
で、ラスト1km。
ここからは先が見えているので、ちょっと無理をしてペースアップ。
急な下りと上りが待ち受けるが、何とかクリアしてゴール。
記録は21分47秒。現役の頃と比べると6分くらい遅い。
でも、まあ仕方が無い。
今度こそはしっかり練習して、来年また頑張ろう。
2008年11月2日日曜日
陶芸家・新井洋志さんとの出会い
私の知人に常滑焼の陶芸家がいる。
主に生活雑器(お皿とか湯のみなどの食器類)を中心に製作している。
私の妻が植木鉢を焼いて欲しいと依頼していて、それが完成したので常滑の工房を訪問した。
彼とは今の職場で出会った。
陶芸家ではあるが、その当時は副業として私の職場で働いていたのだ。
出会ってからしばらくして、彼は陶芸に専念したいということで退職した。
私と重なっていた期間はわずか5ヶ月。
退職したのは6年前。
それでも、今でも連絡を取りたいと思える魅力が彼にはある。
名前は新井洋志さんと言い、私と同じ歳だ。
とても穏やかな方で、それが作品にも表れていると思う。
私は陶芸のことには疎いが、そんな私にもわかりやすく説明してくれる。
彼によると「自分はこれを芯にしてやっていこう、というのをまだ決められずにいて、
何がよいのか試行錯誤しながらそれを模索している」とのこと。
釉薬一つとっても、グラム単位で量を変えると発色も変わるそうだ(何の灰であるかによっても変わる)。
それに、作品を焼くときの温度と酸素の供給量をほんの少し変えるだけで焼き色も大きく変わる。
土の配合についても日々研究しているそうだ。
話を聞いているとまるで化学の授業のようでもある。
専門家の話は奥が深くて本当に面白い。
最近は、生活雑器だけではなく、置物など違った分野のものも試作している。
それらをいろいろ見せてもらったら、やはり穏やかな性格がよく出ている仕上がりになっていた。
いろいろな人の意見を聞いてこういったものも徐々に作っていく予定だそうだ。
植木鉢は作ったことがないそうでかなり迷ったようだが、
仕上がりはとても良いものだった。
和蘭を植えるという条件で作ってもらったのだが、どれもイメージにぴったり合う。
世界に一つの署名入り植木鉢、大事に使いたい。
これからもずっとお付き合い願いたい知人の一人。
また何か必要なときは注文したいと思う。
※もし彼に何か注文したい方がいましたら、コメントに書いてください。
折り返し詳細を連絡します。
2008年10月19日日曜日
ディ・ムジカンテン室内管弦楽団 第46回 演奏会
私の友人の奥さんがオケの楽団に入っているので、その演奏会へ行ってきた。
ディ・ムジカンテン室内管弦楽団という名古屋市で活動しているアマチュア楽団で、毎年2回程度演奏会を行っている。古典派の曲を中心に演奏する楽団なので私の好みにもぴったり!毎回演奏会の案内とチケットを送ってくれるので都合が付く限り聴きに行っている。今回は妻が都合が悪いため私一人で出かけた。
会場はいつも名古屋の伏見にある電気文化会館 ザ・コンサートホール。一時期、他のホールで行ったこともあるが、音響の良さとか使い勝手、費用などを含めてここがベストとのこと。客の入りはいつも良い。開場は13時半だが、全席自由席なので好きな席で聴きたい場合はこの時間に到着していなければならない。今回は少し遅くなって13時40分過ぎに到着したら写真の通り。よさそうな席は埋まっている。いつもは名古屋南高校の生徒が大挙して押し寄せるが、今日はいない。顧問の先生が出演しないのか。
今回の演目はハイドン・ベートーベン・メンデルスゾーンの交響曲1番を演奏するというもの。著名な作曲家の作品でも「1番」というのは若い頃の作品なので演奏会であまり取り上げられない。今回は埋もれてしまっているそれらの作品を敢えて取り上げて、若いみずみずしい作品を味わおうという趣向らしい。
今回の演目の中では、私はハイドン(特に第一楽章)が一番気に入った。やはり、形式ばった古典派っぽい音が好きなんだろう。メンデルスゾーンのはあまり好みではなかった。バッハを敬愛していたと聞いているので少し期待していたが、バッハとは違った音だった(生きていた時代が違うのでやむをえないが)。
友人の奥さんは第1バイオリンの2列目に座っていた。コンサートマスターのすぐ後ろだ。初めて聴きに行ったときは3列目だったので、少し出世したらしい。
アンコールは2曲、バッハのG線上のアリアと、シューベルトの交響曲1番第3楽章。
普段はアンコールは1曲だけのことが多いので特別サービスだ。
プログラムの演奏が終わった途端に帰る不届きな客がいなかったこともよかったのだろう。
今回は名古屋市民芸術祭2008に参加公演とのことで、いつもより気合が入っていたように思う。
ただ、テンポがゆっくりになる第2楽章は仕上がりがイマイチな人も・・・。
アマチュアだから仕方ないか。
それでも、生演奏を楽しめる機会はとても重要だ。
CDなどは便利だが、やっぱり目の前で演奏しているのを見ながら聴くのはよい。
これからもできるかぎりコンサート会場へ足を運びたいものだ。
次回は来年の6月7日(日)、同じく電気文化会館 ザ・コンサートホールで開催予定という。
詳細は下記HPを。
http://www1.ocn.ne.jp/~musik/
今から楽しみだ。
2008年10月5日日曜日
ワックスがけ
自宅の床を2年ぶりくらいでワックスがけした。正確には3年ぶりだろうか。
床はカリンなのでキチンとワックスをかけないと痛んでしまう可能性がある。ずっと気になっていたのでこれで安心だ。
ワックスを掛けるときはまず下準備が重要。それは、汚れや古いワックスが付いたまま新たにワックスを掛けると、それらが全部新しいワックスの下に入ってしまい古い汚れとして残ってしまうからだ。
床に置いてあるあるものを片付けて掃除開始!
まずはホコリ取り。掃除機で丁寧に。
そのあとに古いワックスを浮き上がらせる洗剤で残っているワックスを取り去る。この洗剤は比較的強いのですぐワックスが浮き上がってくるが、その分手荒れにも注意しなければならない。
洗剤もキレイに拭き取らねばならないのがかなり大変。これを手抜きすると、新たにワックスを掛けても定着しないからだ。
全体的に結構大変な作業で汗が吹き出る。
ここまでの所要時間は約2時間。
これで下準備完了!
床を乾かすためにしばらく休憩し、ようやくワックスを塗り始める。
最近は便利な道具がたくさんあり、スポンジにワックスのタンクがついたものがある。これだと刷毛はモップで塗るよりキレイに早くできる。変な跡が付かないようにゆっくりと塗っていく。2度塗りしたいので、30分ほど待ってから再度重ね塗り。
そうすると、写真では判りにくいが失われていた光沢がよみがえり、新品同様に!
やっぱり家の手入れは重要だと認識した一日だった。
2008年9月29日月曜日
エレキギターでモーツァルト
先日、YouTubeでモーツァルトのディベルティメント K136 を探していたところ、とても面白い演奏を見つけた。ディベルティメント K136はモーツアルトが16歳の頃に作曲したスバラシイ弦楽四重奏曲だが、これをすべてエレキギターで演奏しているバンドがいたのだ。
Quarteto Visconti というバンド。名前から考えるとイタリアかなと思っていたら、実はブラジルのバンドらしい。メンバーはまだ若い。インディーズだと思われる。
YouTubeでの彼らの演奏はココ↓
http://jp.youtube.com/watch?v=Taw3Vqb9UD8
第一バイオリン、第二バイオリンなど各パートの演奏をするギタリストたちの座る位置が本当の弦楽四重奏とは違っているのがご愛嬌。が、中々の演奏技術を見せる。それに、この曲をエレキギターで演奏してみるという発想が面白い。 ちなみに、次のサイトの演奏の方がきれいな録音となっている(Play Listにある赤文字の曲名をクリックして再生!)↓
http://www.sellaband.com/viscontiquartet/#info
本当のディベルティメントの演奏はコレ↓
http://jp.youtube.com/watch?v=ekcs3iydSzs
私は元々弦楽四重奏曲のディベルティメント K136が大好きなのだが、このギターでの演奏もなかなか捨てがたい。面白いので、もう少しこのバンドのことを調べてみよう。
2008年9月21日日曜日
知多四国八十八ヶ所 札所巡り
2008年9月15日月曜日
名古屋演奏家育成塾 第8回コンサート
2008年9月7日日曜日
モリコロパーク(愛知万博記念公園)
2008年8月31日日曜日
バイクのバッテリーを交換
2008年8月24日日曜日
新美南吉記念館 特別展
多くの人は小学校の教科書で「ごんぎつね」で新美南吉に出会うが、私もその頃から南吉の作品を読み始めた。幸い我が家には牧書店刊行の新美南吉全集があったので、それを読んでいた。全集には南吉の日記の巻もある。日記とは書いてあるが、内容はそのとき何を考えていたかを書き留めたものが割合として多く、ある意味創作のためのネタ帳のようだ。これを読むと南吉が何を考えていたのかがよくわかって興味深い。南吉の作品はずっと読んでいないが、また読み返してみたいと思う。
2008年8月17日日曜日
お盆
2008年8月10日日曜日
見晴台遺跡 市民見学会(現場説明会)
2008年8月3日日曜日
大須オペラ 千秋楽
2008年7月26日土曜日
ゴミ箱の中から物を出さないで下さい
2008年6月29日日曜日
ロードランナーズ in 大須OYS
2008年6月22日日曜日
試供品のお茶
2008年6月15日日曜日
ゴールドベルグ変奏曲
私は音楽全般が好きだが、クラッシックではバロックや古典派が好きだ。以前はロマン派なども好きだったが、年齢を重ねるにつれていつの間にか好きな曲の傾向が変わっていた。
バロックでは、J.S.バッハが好きだ。小学校のときはバッハは嫌いだった。というのも、教科書に載っているバッハのしかめっ面が怖そうだったし、音楽鑑賞で聞く小フーガもパイプオルガンの暗い曲だし、悪いイメージを持っていた。
今から10年ほど前、非常に心地良い曲が聞こえてきたことがあった。それがなんとバッハのゴールドベルグ変奏曲というピアノ曲だった。これは、ギタリストの大萩康司もNHKの番組「トップランナー」に出演したときに好きだと言っていた曲だ。聞くところによると、バッハの教え子であったゴールトベルクが、不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のためにこの曲を演奏したという逸話から「ゴールトベルク変奏曲」の俗称で知られている。ただ、この曲が作曲された当時ゴールドベルグは14歳であり、この曲が極めて高度な技術がなければ演奏できないレベルの曲であることから、この逸話は信憑性に欠けると言われている。
正式名称は「アリアと様々の変奏曲からなる2段の手鍵盤のチェンバロのための練習曲」で、ピアノが主流となった時代には忘れ去られた曲となっていた。それを、カナダのピアニスト グレン・グールドがデビューアルバムにこの曲を選択して1955年に発売し、世界的なセンセーションとなったため一躍有名な曲となった。グールドは1981年にも再録音し、その後急逝したために更に注目されることとなった。私は1981年録音(歴史的名盤と言われている)のCDを持っているが、非常に素晴らしい、の一言に尽きる。曲の構成は、最初と最後にアリアがあり、その間を第1変奏~第30変奏が次々と演奏される形となっている。全部聴くと1時間ほどの長さだが、弾き手によって多少増減する。変奏は、1つのテーマを変奏していくのではなく、3つのテーマを順番に変奏していく形になっており、アリアの左手のメロディーが全曲に通じたテーマとなっている。私は特に第30変奏が好きなのだが、この曲だけを聴くのではなく、最初から通しで聴いた上で第30変奏になり、再びアリアを聴いて終わるという過程が物語のようでとても心地良い。
この曲の楽譜(ウィーン原典版)とCDの演奏を比較すると、グールドが勝手にリピートを省略したりトリルを入れたりしているところを発見できるが、それもまた良い。是非お勧めしたい曲の1つである。
なお、イオン(ジャスコ)の紙袋に印刷されている楽譜はこの曲の第18変奏だという噂があるが、まだ確認できていない。とても気になっている。 また、1955年録音のものも聴いてみたいなあ~。
2008年6月8日日曜日
津軽三味線竹山流 高橋竹大氏
津軽三味線は大きくわけて2つの系統があり、今は流行っているのは豪快な叩き系の三味線(上妻宏光や吉田兄弟など)で、竹山流は繊細な弾き三味線である。
彼とは1度だけ会ったことがある。彼は、かつて「ジャンジャン高はし」「民芸酒亭 芝楽」という店を家族で経営していた時期があり、私はその店へ行ったことがあるのだ。店は彼の母が仕切っており、ライブタイムになると彼や彼の姉の高橋竹子(彼女も高橋竹山へ弟子入りし、「竹子」襲名を許されている)が店で生演奏&リクエストに応えていろんな曲(津軽三味線以外でも東北のものならOK)を披露するという形で営業していた。ライブタイムになると注文が一切できなくなるので予めいろいろ頼んでおかねばならないが、目の前(カウンターの中)で演奏するので津軽三味線ファンにとってはかなりポイントが高い店だった。ただ、プロとして三味線に専念するために店を閉店したため今はもうない。それと、最近知ったのだが、竹山流の内部でお家騒動的なことが発生していて、高橋竹童という人が「自分こそが初代竹山の最後の弟子」と吹聴してかなり問題になっているとか。詳細はわからないが、私は竹大が最後の弟子であると信じている(免許状も店で見たし)。
今では名古屋市教育委員会の活動にも参加し、その道の達人として活躍しているとか。私は三味線は弾けないが、これからも応援していきたい。
http://www.chikudai.info/
http://www.bunka758.or.jp/09artist_bank/09ab_003.html
2008年6月1日日曜日
半田市鉄道資料館 移転オープン
あまり知られていないが、JR武豊線は愛知県で一番古い鉄道で、明治19年3月1日に開通した。武豊線が敷設された一番の目的は、建設途上だった東海道線の建設資材を武豊港から運搬することで、旅客は2番目の目的であった。これもあまり知られていないことだが、開通当初からあるJR亀崎駅の駅舎は現役最古の木造駅舎だし、JR半田駅の跨線橋も現役最古の跨線橋とか。
そのような関係で、資料館には武豊線関係の資料の資料が展示されている。
オープンの際にはセレモニーが開かれ、国会議員や県会議員、市会議員などお偉方が出席して挨拶したが、式を担当していた役員たちの動きが悪くてがっかり。たくさんの役員(多分市役所の人たち)がいるのに、みんな来賓の方ばかりに気をとられて、一般の観客の対応が全くできていなかった。担当を分けておけば対応できるはずなのに~と思ったのだった。
2008年5月25日日曜日
四国産スープ 空海(SHICOOK SOUP)
2008年5月18日日曜日
岐阜市歴史博物館
2008年5月10日土曜日
山おろし
5月5日は山おろし(山車の解体)を朝8時から行う。前日の疲れがどっと出ている中での作業は結構辛い。そもそも、祭りが終わってしまった後なので、なんとなく寂しい空気が流れている中での作業だ。
山蔵へ収納するのもただ仕舞えばよいというものではない。修理する彫刻類はすぐわかるように分けておき、それ以外は来年度に取り出しやすいように考えて収納する。綱などは絡まらないように木の台にかけておく。
2008年5月4日日曜日
亀崎潮干祭(後の日)
今日は後の日(2日目)。朝曳き(4時半集合)は寝坊して欠席し、警固(7時半集合)から出席。